香港、「警察都市」に─治安重視の閣僚人事、習政権の意向か
香港政府ナンバー2の主要閣僚である政務官に警察出身の保安局長(治安担当閣僚)が起用された。同局長の後任は警察トップ。昨年の国家安全維持法(国安法)制定で権限を強化した警察が政府中枢でも影響力を拡大した形で、地元メディアからは「香港は警察都市になった」「警察政府が成立した」と懸念の声が出ている。異例の人事は、有力紙・蘋果日報(リンゴ日報)弾圧など警察の民主派に対する徹底的取り締まりを高く評価する習近平政権の意向を反映した治安重視の布陣とみられる。
■キャリア官僚主導を否定
中国国務院(内閣)は6月25日、政務官、保安局長、警務処長(警察庁長官に相当)の交代を同時に発表した。キャリア官僚出身の張建宗政務官(70)が退任し、李家超保安局長(63)が政務官に就任。トウ炳強(トウ=登にオオザト)警務処長(56)が保安局長に昇格した。
1997年の香港返還後、政務官は李氏で8人目だが、保安局長からの就任は初めて。元警官の政務官起用も前例がない。また、警務処長が保安局長になるのも初のケースだ(李氏は元副処長、保安局副局長)。
李氏は同29日、中国国営中央テレビのインタビュー番組で国安法制定の意義を強調するとともに「外部勢力は依然として破壊のチャンスをうかがっている」と述べ、対外強硬姿勢を誇示した。
行政長官に次ぐ地位にある政務官は13の局(日本政府の省に相当)のうち保安局を含む九つの局を管轄する要職で、事実上の副長官と言える。過去7人の政務官の経歴を見ると、6人がキャリア官僚出身。それ以外の1人は財界出身だったが、政府ナンバー3の財政官(閣僚)を経験していた。キャリア官僚出身の政務官経験者6人のうち、林鄭月娥氏ら2人は長官になっている。
つまり、香港政府上層部では長年、さまざまな部門で行政経験を積むキャリア官僚が大きな役割を果たし、政務官はその体制における要のポストだった。独自の人事体系を持つ警察出身で、治安関係の経験しかない李氏の政務官起用はそのような慣例を否定する意味があり、関係者に大きな衝撃を与えた。
■「英国植民地統治の残党」
香港基本法によれば、香港の閣僚は行政長官の指名に基づいて、国務院が任命する。しかし、親中派を含む複数の現地消息筋の話を総合すると、今回の人事は林鄭長官の意向に反して、習政権が一方的に決めたものだった。
まず、政務官が次期長官選に出馬するわけでもないのに、長官の任期があと1年(2022年6月30日まで)となった時期に退任するのは不自然である。張氏は高齢ながら、本人が退任時に強調したように、健康状態に大きな問題はなかった。
張氏は19年7月、親中派の集団が反政府デモ参加者を襲撃し、多数の負傷者が出た事件で、警察の対応に不手際があったとして謝罪。警察内部から公然と反発の声が上がったことがある。張氏について、親中派メディア関係者は「民主派にやや好意的なところがあった。(中国共産党にとっては)英国植民地統治の残党だ」と述べた。
今秋から来春にかけて、長官を選ぶ選挙委員会の委員、立法会(議会)議員、長官の選挙が行われ、国安法体制は総仕上げの時期に入る。このため、政治的に信用できる人物を政務官にする必要があると習政権は判断したようだ。
■「次期長官候補」の見方も
林鄭氏は側近の聶徳権公務員事務局長(閣僚、キャリア官僚出身)を政務官に起用したかったが、決定権のある習政権は李氏を選んだ。その後、林鄭氏が形式上、李氏を政務官に指名して国務院に提案したというわけだ。そもそも、19年の反政府デモによる大混乱は逃亡犯条例改正をめぐる林鄭氏の失政が原因だったことから、習政権の林鄭氏に対する評価は低いとみられる。
こうした経緯から、親中派では「李氏は次期長官候補になった」との見方が出ている。一方、次期長官として梁振英前長官を有力視する説もある。親中派内で十分な支持を得られず、17年の前回選挙で再選断念に追い込まれた梁氏が再登板すれば、李氏は梁氏の下で政務官を続投するだろう。
梁氏は共産党の秘密党員説があるタカ派で、国安法を強く支持する言動を繰り返し、民主派や外国企業を威嚇している。したがって、梁氏と李氏のどちらが次の長官になっても、香港が「警察都市」の様相を強めるのは間違いない。
中国共産党政権はこれまで、香港親中派の団結力や統率力のなさに悩まされてきた。超法規的な国安法制定は民主派弾圧だけでなく、穏健な傾向があるキャリア官僚や財界人を含む親中派をタカ派主導の体制に再編する狙いがあったのではないかとも思える。(2021年7月2日)