【連載:『製造業×統計×SNS』】下町の町工場はなぜ統計記事を発信するのか?
【第4回】
モノづくり企業で統計が果たす役割とは
東京・葛飾の住宅地の一角に建屋を構える(株)小川製作所。
自身も研磨加工の職人として日々汗を流す取締役の小川真由氏が配信する「統計」を切り口とした記事は300本以上に及び、外部のWEBメディアなどにも寄稿するまでにフィールドを広げてきた。
統計を通じて長期推移で日本経済の変化を調べ、国際比較によって俯瞰して見通す内容はマニアックな要素を持ちながら読む人々に「考えるきっかけ」をもたらしている。
そんな小川氏が配信を通じて重点を置いているのは、「企業」と「働き手」に対する視座だ。
特に自身が身を置く日本の中小企業や町工場に対する想いが、途中で頓挫することなく継続的な配信につなげる原動力となってきた。
では、モノづくりの世界の人々にとって統計はどんな意味を果たすのか。
今回は、少し縁遠いと感じるかもしれないモノづくりと統計との関係性について、小川製作所での実例も踏まえながら読み解いていく。
▼前回(第3回)の投稿はこちら。
《Part.①》「給料」「生産性」と密接に結びつく統計
一般の人からすると、よほど自分からアプローチしない限りは生活の中で「統計」に直接触れる機会は滅多に訪れない。
その統計を解釈、要約して伝える役割としてニュースが存在しているが、昨今「メディア離れ」と言われる状況によって統計で出てきた内容が伝わりにくくなっている。
そんな状況に対し、小川氏は働く人、特にモノづくりの世界に身を置く人ほど「『給料』と『生産性』の観点が自分ごとしてリンクする」と断言する。
さらに給料と生産性と密接に関わるものとして挙げるのが「付加価値」だ。
あらゆる産業において、企業が中長期で生き残るには付加価値を生み出して利益を生み出すことにかかっている。
特に、日本の製造業はコストを切り詰めていかに利益を上げるかといった価格競争で各社がしのぎを削る状況がここ数十年続いてきた。
無駄なコストを切り詰めて利益を上げることは企業努力として大切なことではあるが、それではいつか息切れしてしまう。
ゆえに、小川氏は「自分が生み出している付加価値がどれくらいなのだろうかと考える視点が大切」と口にする。
その付加価値について考える上で1つの軸となるのが統計だ。
製造業は、その多くが完成品(製品)ではなく、実際は技術(サービス)を提供することで成り立っている。
ただ、完全な自由競争の中で各社が争うため適切な相場が見えづらい。
この点は、公共工事によってある程度相場感が出る建設業と状況が異なる。
海外との競争もより激しさを増している現状では、「自分たちが作り出したものが適切な価値で出回っているのか」と考える観点もより問われている。
そうした時に統計を通じてグローバルな視野で付加価値について考えることが、製造業の現場サイドにおいて結果的に「給料」や「生産性」といった観点で結びつくと小川氏は見ている。
《Part.②》「生産性至上主義」によって陥った弊害に対する危惧
小川氏が統計を通じて「付加価値」に重点を置くのは、単に自身が「統計が好きだから」といった観点で説いているわけではない。
背景には、日本の製造業がいつしか陥った業界環境に対する危惧がある。
「日本のモノづくり」を象徴するものとして、高い精度を突き詰める技術力が強調されてきた。
一方、その技術力に対する実際の価値はブラックボックス化されている。
同時に現場の作業者は、「1時間に何個作り上げたのか」といった物的生産性が問われる。
効率化を求めて無駄を省く効果はあるものの、「物的生産性だけを求める風潮が日本経済の弊害になっている」と小川氏は強調する。
結果的に「モノを売る・買う」だけの見方になり、本来製造業で重要な「モノを作るプロセスがないがしろにされている」(小川氏)状況に陥った。
そんな製造業の環境に近い業界として小川氏が挙げるのは、意外にも「飲食業」だ。
飲食業も消費者サイド(製造業で言えば発注者)が強い立場にあり、現場で働く人たちの「頑張りによる犠牲」によって成り立つ部分が存在している。
両者とも価値を提供することが生命線である分、「自分が提供したものがいくら生み出したかを考える観点が大事」と小川氏は考える。
《Part.➂》リーマン・ショックがもたらした製造業の姿
なぜ、小川氏はここまで付加価値にこだわり、経営サイドと働き手との納得感にこだわっているのか。
そこには、リーマン・ショック以降に製造業が陥った構造に起因している。
設備や建屋といった資本を先行で投じる製造業は、景気の変動による波を受けやすい業種といえる。
リーマン・ショック以降の景況の悪化は、「コストカットの激化によって下請けを疲弊させる状況を生んだ」と小川氏は見ている。
結果的に疲弊した企業がプレーヤーとして市場から退出を余儀なくされ、積み上げてきた技術力が引き継がれず断絶するケースも多数生じた。
そうした状況によって、小川氏は「図面を描くメーカー側では現場離れが進み、下請け企業側も淘汰が進んで従来のような品質・コストでモノを作れなくなってきた」と肌感覚で感じている。
コストカットですり減らしていくモノづくりに対し、小川氏は「お客さまと一緒に『これだったら合理的に作れるよね』といった双方が対等な関係となる環境を築かなければならない」と考える。
だからこそ、小川製作所では機械加工での置き換えが難しく価格競争に陥りにくい手作業でのモノづくりで付加価値の提供を図る戦略を採ってきた。
《Part.➃》今の時代だからこそ、納得できる軸の提示を
小川氏は働き方の多様化が進んだ今だからこそ、企業側が働き手が生み出した「付加価値」を示すことが重要と見ている。
同じ組織でも「頑張って稼ぎたい」「それなりの生活でいい」といった価値観の違いがある中、企業は双方が納得できるようにしなければならない。
その際の指標として納得感を持てるようにさせるためにあるのが、働き手それぞれが生み出した付加価値に基づいた判断となる。
実際、小川製作所では1個当たりの付加価値を計算し、作業者が年間に生み出した付加価値を見える化させて成果給に反映する仕組みを用いている。
その付加価値に対し、一定の割合を給料に反映することで経営サイドと現場サイドが報酬に対して納得できる整えてきた。
そうした価値判断をするためにも、働く人には自分が生み出す付加価値を判断できる能力が重要となってくる。
経営サイド、働き手がともに納得できるようにするには、その土台となる情報を常にストックしなければならない。
その際に重要となってくるのが統計をはじめとした客観的な指標だ。
組織に居ると、「自分はこれだけ仕事をしているのに…」「アイツはなんで仕事をしないのか…」といった感情論の不公平感が渦巻くこともある。
目に見えないモヤモヤを乗り越え、働き方の多様性が広がっている時代となったからこそ、自分が納得できる軸を探って提示することが小川氏の一連のメッセージが意味をもつのではないだろうか。
《次回予告》日本企業の「可能性」と「課題」を紐解く
日本企業、特に中小のモノづくり企業で働く人にとって、意識しながら見つめることで実は密接に関わってくる統計。
企業が生み出す付加価値、突き詰めると働き手1人ひとりの価値を考える1つの軸として大きな意味を持つ。
自分が持つ「付加価値」を考えることは、働き手の多様化が進むからこそ重要といえるかもしれない。
では、ライフワークとして統計を見続けてきた小川氏から見た日本はどのように映っているのか?
最終回となる次回は、日本企業の「可能性」と「課題」を小川氏の意見を基に紐解く。
▼次回(10月30日(水)公開予定)の内容はこちら
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