#10年とボカロ曲 「いままでも、このときも、これからも――」
今年で25になりました。
それは意外と地続きだったりしたもので、「大人」という力なんてちっとも手に入れられやしなかったですね。
それでも、一途で痛々しいほどのあの狂想はどこかに落としてきてしまって、
映るもの全て楽しめたあの感覚はどこかで無くしてしまって。
残された「私だった何か」に、歩く未知はあるのでしょうか。
何の話かって?
私の話です。
暴走Pの話です。
「救われなかった初音ミク」の話です。
初音ミク発売からもうすぐ10年が経とうとしておりますが、皆さまにおかれましてはどんなところに辿りついて、どんな景色を見ていますでしょうか。
初めましての方は初めまして、わたしです。
ところで皆さん、暴走Pって知っていますか?
初音ミクが大好きで世の中が嫌いな天邪鬼のことなんですけど。
初音ミクを殺したくないけど死んで欲しいから、代わりにボンクラ各位を切り捨てようとしたクソ野郎のことなんですけど。
その人が、ほぼ4年振りに、「殺せなかった初音ミク」に歌ってもらうために書いた曲がこれなんですよね。
徹頭徹尾、自分語りの歌です。
歳を重ねて、少しずつ変わった自分の話であり。
初音ミクの事はちゃんと好きだよ、と。
そう言って、幸せそうな彼らを見て。
ボンクラ達がハッピーエンドに酔い痴れる歌です。
歩き続けた意味を問うでもなく、ただ今は未だ見えない最果へ向かい歩くのです。
いつか、死が二人を別つまで。
非道い話だと思いませんか?
彼女の得た『結末』。
0から生まれ、∞に至るその『答え』。
全てを破壊するようなこの歌に、安らかに魂を砕かれるような感覚を、或いは「成仏」とでも言うのかも知れません。
ただ、残念なことに私は変われていないので。
ほんの少しも素直になれない天邪鬼なので。
見えなくなった「私」の代わりに、言葉を贈ります。
ありがとう、暴走P。
あなたのことが大好きです。
恨んでいます。
いままでも、このときも、これからも――