訪問看護で起こる暴力・ハラスメントへの対応 ~KYT研修をやってみて~
利用者家族から出されたお茶を飲んだ看護師が、意識障害を起こしてしまった薬物混入事件をご存知でしょうか。
大小限らず似たような被害は他にもあります。例えば訪問時に利用者が泥酔をしていた、セクハラをしてきた、利用者家族から執拗な罵倒を受けたなど。
このような訪問中に発生する危険な場面にどう対応するか。それを学ぶのが「訪問看護の危険予知トーレニング(KYT)」という研修です。
ウィル訪問看護ステーションではこの研修を再構築し、先日全てのチームに研修を修了したことで、現場に高い効果をもたらしました。今回はその報告をさせていただきます。
訪問看護の危険予知トレーニング(KYT)とは
訪問看護の現場において、暴力やハラスメント被害を受けそうな場面での危険予知、その対応トレーニングのことを訪問看護の危機予知トレーニングと言います。(以後KYT)。
訪問看護の現場で看護師ら専門職が危険な場面に遭遇したときの対応、被害連絡を受けた事業所の対応、関連機関との連携を学ぶものです。
訪問看護の現場は病院に比べ、暴力やハラスメントが起こりやすい環境である
書籍「犯罪は『この場所』で起こる」で著者の小宮信夫氏は、犯罪が起こりやすい現場のことを「誰もが入りやすく、誰も見てない場所」と言います。
訪問看護の訪問先である自宅は、利用者と家族にとって自宅は出入りしやすい場所であり、利用者と家族以外は誰も見ていない場所です。
また、犯人の性格ではなく、犯罪を成功させやすい環境にアプローチして防犯していこう、という考え方を「犯罪機会論」と言いますが、
訪問先が自宅であるという訪問看護の原理原則は代えがたいものでありますし、他にも、訪問看護の職員は女性スタッフが多いことや、特別な状況でない限りは単独での訪問であること、事業所と利用者との契約関係にあるためパワーバランスに偏りが生じやすいことなど、訪問看護特有の環境があります。
これらの環境は、訪問看護の現場は犯罪機会を減らすアプローチがしにくい環境下であり、病院に比べてハラスメントや暴力が発生しやすい状況にあると言えるのではないでしょうか。
KYT研修の内容
ハラスメント教育
KYTを学ぶ前に取り組んだことがハラスメント教育。実はセクハラの境界線が分からないスタッフは意外に多いのです。「何がハラスメントなのか」これを理解していないと自分が被害にあっているのか自覚することすらできません。
また、2022年度から中小企業も対象にパワハラ防止法が施行されたこともあり、厚労省のサイトや関連書籍を参考に、ウィル訪問看護ステーション独自の社内向けeラーニングを作成したのです。これにより、より訪問看護で働く方にとって効果的なKYT研修につなげることができました。
KYT(危険予知トレーニング)の内容
KYTには、いくつかのグループワークがあるのですが、ウィル訪問看護ステーションで行ったものは冒頭にあったイラストを使ったもの。
訪問看護でもよくある危険な場面を見ながら、グループで危険要因を抽出。チームとしての対応策を考え、スタッフ役と利用者役になって実際にロールプレイをするのです。
ロールプレイでは弊社代表の岩本が「泥酔した利用者さん」を圧巻の演技。それに対しスタッフ役は「今日は訪問やめて帰りますね」と圧巻の塩対応。
被害発生後、チームによる対応フロー
スタッフが被害にあい、事業所が報告を受けた際どのように対応するか。その対応フローが下の画像。
被害スタッフの安全を図り、他のスタッフでフォロー。関連機関への連絡など。このマニュアルにそって動くことで、慌てず抜かりなく対応できるのです。
また、マニュアルを元にウィル訪問看護ステーション独自の対応フローを作成し、被害報告を受けた際のチーム対応のロールプレーも実施しました。
加えて取り組んだこと
この他にも、ハラスメントは犯罪になること、警察との連携、痴漢犯罪とセクハラの特徴、行為者(加害者)の心理や社会的背景。被害によるPTSD(トラウマ)など。
暴力・ハラスメントが起こる環境や背景、その後の影響、法令についても学びました。
研修後の効果
研修からしばらく経ち、現場スタッフからは「危険な場面に遭遇したが、無事に回避できた」「暴力リスクの高い利用者へのチームとしての対応方針を決めることができた」など実際の研修の効果ともとれる共有がありました。
他にも「今まで曖昧ではっきり言えなかったが、ハラスメントの定義や法律を学ぶことでハッキリと断れるようになった」という報告もありました。
被害者にも加害者にもさせない
ここまで読むと、ただの防犯対策に思われるかもしれません。しかし同じように重要なことが利用者や家族を加害者にさせないということ。
一度、加害者としてのスティグマ(烙印)を押されてしまうと、相手の人生を大きく狂わせ、改め直したり、やり直せる機会すら奪ってしまいます。
明確な悪意があって暴力やハラスメントをする人は実は少ないのです(だからこそ大変なのですが)。
KYTはスタッフを守ること、利用者と家族を守る目的もあります。そうすることで関係性を適切に維持していくことが重要なのです。
KYTは在宅医療に必須
スタッフが被害にあった際、きちんと対応できなければスタッフ、組織を守ることはできません。大量離職につながったケースもあります。
そうならないためにもKYTの研修は定期的に実施することをおススメします。ウィル訪問看護ステーションでは新しいスタッフが入職するタイミングに合わせて実施しています。
研修情報は兵庫県看護協会や「訪問看護師・介護員における暴力への対応力向 上のためのトレーニングプログラムの開発」に掲載されていますので定期的にチェックしてみてください。
研修に足を運ぶ時間をとれない事業所も多いと思います。書籍をもとにした研修だけでも勉強になります。是非、書籍を購入することをおススメします。
参考資料
訪問看護・介護事業所必携!暴力・ハラスメントの予防と対応/三木 明子 監修・著 一般社団法人 全国訪問看護事業協会 編著
その他の参考書籍・サイト
介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本/宮下公美子
犯罪は「この場所」で起こる/小宮信夫
男が痴漢になる理由/斉藤章佳
加害者は変われるか? DVと虐待をみつめながら/信田さよ子
院長、クレーマー&問題職員で悩んでいませんか? ~クリニックの対人トラブル対処法/島田直行
厚労省:あかるい職場応援団
兵庫県看護協会
兵庫県庁:介護現場におけるハラスメント対策事業について
訪問看護師・介護員における暴力への対応力向 上のためのトレーニングプログラムの開発
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