たばこ
たばこ
現代では忌み嫌われた存在であるたばこ
みるみるうちに居場所を無くしてゆくたばこ
臭いし煙たいし迷惑この上ない。ヤニカスめ。
健康、清潔が重視されるこの世の中、わざわざ健康を害してどうする。服にヤニを染み込ませてどうする。
自己管理不行き届きの象徴ではないか。
飯を食いながら吸い出す奴もいる。
飯をきちんと味わえ。せめて他人の飯を不味くするな。
早死にするし臭いし家族に副流煙吸わせるやつもいるし最悪やないか。
僕は根っからの嫌煙家である。
本当にたばこという存在それ自体が嫌いであった。
若い頃に憧れ故に吸っていたが子供ができると同時にやめた父のことを尊敬していたし、そういう考え方で生きてきた。
しかし一方で、外国の映画を心底愛している僕には憧れがあった。そう、The Godfatherに始まり、 Schindler's List, Gran Torino, Titanic, Leon, The Shawshank Redemption、The Sting、Scent of a Woman、The Legend of 1900、、、。
たばこ、かっこえぇ、、、。
そう、たばこってかっこいいのである。
たばこを吸うことそれ自体がかっこいいわけではない。
しかし、かっこいい映画には決まって、ウイスキーとたばこが出てくる。
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夏も終盤に差し掛かったある日、親しい友人と少し勢力を落とした太陽の下、風を心地よく感じるぐらいになった河原でのんびりしていると、奴はおもむろに葉巻を取り出した。
「お前、たばこ吸うのかよ。」
「うん、たまにね。」
「頼むから体大切にしろよ。
そもそもたばこって臭いから好きじゃないな。」
僕、失礼ながら、端から全否定である。
「僕は香りを楽しむために吸ってる。ドラッグとしてじゃない。」
詳しく聞いてみると、多くても1週間に一本とかその程度らしい。そういう楽しみ方もできるのか。吸い始めたら依存する予感しかない僕には衝撃である。
「吸ってみる?葉巻は香りがいいから。」
「じゃあ、一本だけ試しに。」
吸ってしまった。
うーーむ、なるほど。重厚な香り。ものすごく濃厚な煙なのだが、想像していたような不快感は一切ない。たばこといって想起するあの金属と煙の入り混じったようなうんざりするような匂いはない。陶酔しそうになる香ばしい香り。茶色と薄紫の入り混じったような匂い。口元はバニラの甘さ。
しばらくぷかぷかふかしてみる。きもちいい。
河原で座っていると開放感を感じるものであるが、それが大きく増幅される。不思議なもので、自然を大きく吸って吐き出している気分。
悪くない。
好きな人の香りでふわーっと溶けそうになる感覚、あれによく似ている。一ふかしごとに自然の中に溶けていく。自然に抱きかかえられる。
「ね?いいもんでしょ。」
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それ以降、僕はたばこの「味」を解する側の人間と化した。
弁解するが、僕はスモーカーではない。全くと言っていいほど吸わない。実際、もう二ヶ月ぐらい吸っていない。
今でもたばこ臭い奴は嫌いだ。際限なくたばこに依存している奴は嫌いだ。飯を不味くする奴は嫌いだ。たばこを吸ってる奴が嫌いだ。たばこを低俗なものに貶めた奴らが嫌いだ。
しかし悪いことだけ、と言うわけでもないようだ。
僕はたばこを勧めることは一切ない。たばこは害である。吸うべきではない。それは当然だ。
しかし一つの嗜好品として、あくまでもたまに嗜み、人生を豊かにする嗜好品として、その良さを理解するというのは僕の宝箱の一隅を埋める出来事となった。
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肌寒くなった夜の河原。珍しくオリオンの周りを星々が遊ぶ寒空の下、恋人をさよなら、また明日ね、と送り届けた帰り道。葉巻に一本、火を灯す。今日もありがとう。涙を誘う繊細な君の笑顔、声を思いながら一人、ひんやりした風に包まれる。煙が染み込み、寒さが落ち着いた頃、君から連絡がくる。「今日もありがとう。楽しかったね。」
この幸せな時間を噛み締め、僕は歩を進める。