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BBCの「受信料徴収廃止」報道を受けて、英国政府の白書の原典を読み込んでみる。

JX通信社/WiseVine藤井です。
JX通信社は祖業として、報道の(代替可能な業務の)自動化による経済性の向上を進め、報道機関の持続可能性を確保することを使命としています。また、私自身、ラジオ(あるいは音声メディア)業界の持続可能性を模索するための取り組みとして、V-Lowマルチメディア放送という事業に過去関わってきました。それ自体は有意義な結果を残せませんでしたが、現在テレビ業界において、V-Lowでも目指してきた「ハード・ソフト分離」による放送インフラの統合が本格的にベンダーまで巻き込んで議論されていることからも、あの道は、いつか通らなければならなかった道なのだと確信しています。

そんな中、イギリスで「BBCが受信料制度を廃止する方向らしい」というニュースが流れました。NHKがかねてよりBBCを「公共放送の雄」として強く意識し続けていることは放送業界で誰もが感じるところではあるので、これは日本のNHKの今後の議論にも、強く影響するのではないかと思われます。

元々、BBCのiPlayerの取り組みを参照して始まったようなところがあるNHKオンデマンド・NHK+ですが、TVerのサイマルやっと始まったぞ、とか言っている場合ではない次元で、イギリスの議論は前に突き進んでいます。

とはいえ、具体的に何が議論されているのか、よくわからないので、この報道の発端となっている、イギリス政府のWhitepaperを読み込んでみたいと思います。

この文章はさほど長くはないものの、業界用語が多用されているので、若干読みにくいかもしれません。途中まで、翻訳されている方がおられるので、概略だけでもつかみたい方はそちらをどうぞ。とはいえ、ラジオに関しては後半に書かれているので、ラジオ業界の方は後半を原典で読んだ方がいいかもしれません。

前提として、イギリスと日本の違い

イギリスと日本の放送産業には、いくつか大きな違いがあります。

その1 すでにハードソフト分離が進んでいる

ヨーロッパの放送は、すでにRed Bee Mediaという企業がインフラ部分を一元的に管理し、各放送局の技術部門を巻き取る合理的なシステムになっています。
https://www.redbeemedia.com/our-work/
Red BeeはBBCの技術部門が独立してできた企業で、その後エリクソン傘下となっていたり、「公共放送のインフラ部門を外資に売り払う」という、そもそも外資規制を放送業界にかけている日本ではあまりイメージできない施策がとられていますが、ヨーロッパならではという感じがします。

その2 議論の前提として、英語圏であることの警戒感がある

イギリスはヨーロッパの中でも特に英語圏ということで、多少の言語の違いはあれど、常にNetflixやHuluのようなグローバルプラットフォーマーに文化的に支配されることを警戒してきました。今回のWhitepaperでも、BBCがイギリスの映像・文化産業全体に多大な貢献をしていること、外資との競争が重要であること、が何度となく言及されています。
そういった背景からも、今回のWhitepaperは、放送行政としての色合いに加えて、文化行政としての政策検討である、という趣が大変強いように思われます。日本は文化庁の予算が諸外国に比べ相対的にやたら小さく、NHKの受信料で文化アーカイブなどの事業をやっているような側面も若干あると私は思っているので、その点は回り回って若干近いとも言えるのかもしれません。

その3 ラジオ大国である

イギリスの成人の8割以上がラジオ(的なもの)を聞く習慣があり、「今後10年も同じだろう」という前提が置かれています。これは自動車通勤の比率が低い日本とは大きな違いです。また、イギリスをはじめヨーロッパではデジタルラジオが普及しており、自動車へのデジタルラジオの搭載もかなり進んだので、インフラ更新についてはハード・ソフト分離の件も含め、一定の議論が済んでいます。

その4 公共放送(PBS)の定義が日本と違う

イギリスは公共放送が「複数」ある国で、公共放送といっても、広告が入っているチャンネルもあります。また、少数派の民族文化を保護するための政策もあります。そういう意味で、狭い国土に民放テレビが地上波に全国ネットだけで4系列もある、という独特な日本に比べ、比較的文化面で統制が効かせやすいとも言えます。

そんな前提で、Whitepaperに何が書いてあるのか、拾い読みしていきたいと思います。

目についたところをかいつまんで。

以下、和訳は前掲のブログから引用しております。英文は原典より。

デジタルプラットフォームと放送の同一視

このような急速な変化を背景に、私たちは、英国の放送局が最も差し迫った課題に対応できるよう支援し、私たちの混合生態系を保護し、公共放送が我々の計画の中心にあり続けるようにするべく行動を起こす必要がある。我々はそうする。
※視聴者がどのような方法で視聴するかを問わず、テレビ的なコンテンツが同様の基準に従うのを保証する。こうした変更により、英国の視聴者は有害なものからよりよく保護され、気になるものを見た場合にOfcom(訳注:英国の総務省に相当)に苦情を言えるようになる。
Against that backdrop of rapid change, we need to take action to support British broadcasters in meeting the most pressing of those challenges, to protect our mixed ecology, and ensure public service broadcasters remain at the heart of our plans. We will:
Ensure TV-like content, no matter how audiences choose to watch it, is subject to similar standards. These changes will mean UK audiences will be better protected from harmful material and better able to complain to Ofcom if they see something they are concerned about.

http://blog.livedoor.jp/takosaburou/archives/50853500.html

そもそも「放送」と「通信」で明確に分離していた日本に比べ、世界的には「放送っぽいもの」という扱いを著作権行政上はまとめてするのがメジャーですが、監督官庁としても、「これからはテレビ的なものはVODだろうがなんだろうが、きちんとレギュレーション管理するぞ」ということをいきなり言及。今の日本のVODって、「地上波でできなかったことをやってみよう」みたいなコンテンツが異常に盛り上がっている気がするんですが、本質的にそれって持続可能性がないですよね、ということを冷静に思い出させてくれます。

コンテンツ制作への投資額への警戒感

第一に、英国に拠点を置く放送局は、海外に拠点を置くサービスと直接競合するようになった。多くは世界的規模から生じる大きな財源を活用する事が出来るようになった。2019年、英国の公共放送は新しいコンテンツに28億ポンド弱を費せたが、決して軽微な額では無い。一方、Netflixだけで推定139億ドル(約115億円)を費やしている。この影響は、ハイエンドドラマなど特定のジャンルで最も強く感じられ、純国産作品の1時間あたりの平均予算は200万ポンドを大きく下回る水準で推移しているのに対し、海外からの投資を受けた番組の予算は1時間あたり600万ポンド近くにもなっている。このような資金格差は、国内の放送局が最高の設備を利用し、内外の優れた人材を集めるのを難しくしている危険性がある。
Firstly, UK-based broadcasters now compete directly with services based overseas, many of whom have been able to leverage the significant financial resources arising from their global scale. In 2019, the UK’s public service broadcasters were able to spend just under £2.8 billion on new content – by no means an insignificant amount. Yet at the same time, Netflix alone spent an estimated $13.9 billion (£11.5 billion). This effect is felt most keenly in particular genres, including high end drama, where the average spend per hour on purely domestic productions has remained well under £2 million per hour, while the budget for shows with international investment is now almost £6 million per hour. This funding disparity risks making it harder for our domestic broadcasters to access the best facilities and attract the best on- and off-screen talent.

先日、「途中で予算が尽きるメロドラマ」みたいなテーマの、いかにもテレ東が作りそうなパロディをフジテレビが放送して話題になりましたが、イギリスも同じようなことを危惧しているわけです。一方、Netflixも近年唐突にアニメ関係の投資を大幅に絞りはじめた、という話もあり、「結果が数字で出なかったら即打ち切り」みたいな文化に、世界は巻き込まれ始めています。

受信料裁判の有罪判決を受けているのは女性が多い

この傾向が予測通り推移するとなれば、受信料の持続可能性には明らかに課題が出てくる。例えば、テレビ免許を必要とする世帯が減少し、BBCの現在の資金レベルを維持する事が望まれる場合、テレビでの視聴を引き続き必要とする世帯向けに、ライセンス料の価格を大幅に引き上げる必要がある可能性がある。
政府はまた、ライセンス料が刑事罰によって強制されることを懸念している。現代の公共放送システムにおいてますます不釣り合いかつ不公正なものとなっていると考えている。特に、75歳以上のテレビ免許無料化の終了に伴い、弱者である高齢者に対して免許料徴収の措置がとられる可能性がある事を懸念している。また、2019年にテレビ受信料逃れで有罪判決を受けた人の74%が女性であり、女性に対する制裁の割合に現在も格差があることを不公平と捉えている。
Should this trend continue as expected there are clear challenges on the horizon to the sustainability of the licence fee. For example, if fewer households are required to hold a TV licence, and there is a desire to maintain the BBC’s current level of funding, then the price of the licence fee would need to increase, potentially significantly, for those households who continue to be required to hold a TV licence.
The government also remains concerned that the licence fee is enforced by criminal sanctions, which the government sees as increasingly disproportionate and unfair in a modern public service broadcasting system. We are particularly concerned that, following the end of the free TV licence concession for over-75s, there is the potential for licence fee enforcement action to be taken against vulnerable elderly people. The government also sees the ongoing disparity in the proportion of sanctions against women as unfair, with 74% of people convicted for TV licence evasion in 2019 being women.

これはちょっと衝撃的な数字でしたが、高齢者の減免措置を廃止した結果、受信料の未払いで有罪判決を受けている人の7割以上が女性だった、と。日本でも近年、NHKは積極的に裁判をやるようになっていますが、これだけストレートに未払い者の傾向の数字が出ることは見たことがないので、結局、弱者をどう情報的に救済するのか、という点は「公共放送」にいつまでもついて回る課題だと思います。
ちなみにコロナ禍ということも考慮して、基本的に物価連動で上昇していくBBCの受信料は、「向こう2年は値上げ凍結」で決着しています。

以下すいません、前述ブログの和訳がまだ辿り着いていないところなので、原典のみで取り急ぎ失礼しますが・・・

FM放送は取り急ぎ、2030年までは続く

The government also agrees with the main conclusion of the Digital Radio and Audio Review that a switch off of FM services should not take place until at least 2030. However, there is a need to update the legislation to help encourage the ongoing transition towards digital radio.

あんまり注目されていませんが、このWhitepaperは結構な紙幅をラジオにも割いています。イギリスのラジオはデジタル放送とFM放送がシームレスに切り替えられるようなシステムがあったり、たいへん便利にできているのですが、いまのところ「2030年まではFM放送はやめない」ということにしたようです。デジタル放送の普及率はインフラ面でも受信機の面でも比較的高いのですが、車載器などに比べて自宅の受信機はなかなか入れ替わっていくものでもないので、もう少し様子見、のようです。コミュニティFMなどの移行もこれから課題になっていくでしょう。

The future of radio is therefore no longer a straightforward question of an analogue to digital switchover – listening over smart speakers already represents nearly a fifth of all radio listening, and this is only likely to increase over the coming years as the base of connected speakers in UK households continues to grow.

日本ではここまでのシェアはないと思うのですが、「スマートスピーカーによるラジオ(的なもの)の聴取は全体の1/5にまで至っている」のだそうで、スマートスピーカー業界の商習慣との対話によるラジオ業界の持続可能性の模索、というキーワードも何度か出てきます。
スマートスピーカーが出てきた時、確かに日本のラジオ業界も一瞬色めき立ちましたが、「長時間聴取」が目指せるというメリットはあるものの、マネタイズポイントがあまりにも見えなくて、たいへんしんどいんですよね。

EPG上での扱いについての議論

As an initial step, we will close the loophole that allows unregulated IPTV services to appear on TV sets in the UK by designating additional regulated electronic programme guides.

これが結構意外だったのですが、イギリスではPBS(公共放送サービス)に対して編成上のルールを強く課す代わりにEPGでの扱いをよくしていて、それが多チャンネル編成のなかで秩序をもたらしている、という考え方があるようです。そこにIPTVサービスをぶっこむのはまかりならん、ということで、編成に関するレギュレーションを守らない限りは、EPGに入れない、ということが強く謳われています。とはいえ、FireStickとかAppleTVとか、AndroidTVとか、いくらでもEPGのUIを飛び越えてしまうデバイスはあるので、どの程度実効性あるんだろう、と思いました。

で、結局どうするのか

結局、最後まで読んでも「BBCの収益手段を多様化するために、商業投資額の上限を緩和する」とか、「他の公共放送サービスに対しても経営強化を行う」とかしか書いておらず、ラジオに至っては1/5を占めているというコネクテッドスピーカーのプラットフォームをそもそもGoogleやAmazon、Appleに抑えられてしまっていて、オルタナティブをイギリスで持っていこう、という政策がそもそも取りにくいように思われます(せめてもの救いが、デジタル移行が進んでおり、設備の二重投資は乗り越え終わりつつある、というところでしょうか)。

IPTVが「テレビ受信機」のEPGに乗り込んでくることに対するレギュレーションをいくら作っても、そもそも「テレビ受信機」自体が売れなくなっていくのだと思われますし、スマートデバイス上で、どのように「テレビ的なもの」に対するレギュレーションをOfcomが権限行使していくのか。EU対GAFAMみたいな、メガプラットフォーマーに対する包括規制のような方向に進んでいくのかもしれませんが、本質的には「文化を安定的かつ健全に育成していくために、その資本を集中させる場が必要だ」という議論をしているのだと思われるので、BBCがその「場」としてどう機能できるのか、ということに集約されるのではないか(そしてそれは、特に放送免許というものに依存した問題ではないので、単純に人材獲得競争の問題なのではないか)と思いました。

その他、「ワールドカップの放送は誰がこれからやるべきか」とか、面白いトピックも途中いろいろ書かれているのですが、また精読し直して、書き直してみたいと思います。ここまでは自分用のメモみたいな投稿でした。

自分の仕事(地方自治、防災、AI)について知ってほしい思いで書いているので全部無料にしているのですが、まれに投げ銭してくださる方がいて、支払い下限に達しないのが悲しいので、よかったらコーヒー代おごってください。