わたしたちは大丈夫(FINE)
FINE(TAEYONG)
テヨンさんの『FINE』を聴いて
bubbleのメッセージを読んで
テヨンさんがこの想いに至ったまでを考えたり
改めて自分自身と照らし合わせながら考えたとき
あのときの自分の感情と決心とに
温かい光を当ててくれた気がして
感想やらを書きたくなった
“우린 괜찮을 거야 We'll be fine"
ぼくたちは大丈夫なはずだよ
「We'll be fine」という言葉には
過去を見て、今を見つめて、未来に言い放つ
大きな時間軸があるのかなと感じて
過去の経験があるから今があって、
過去の経験を振り返ったとき、「今は大丈夫みたいだ」と感じることができた(自分で認めることができた)から、未来も大丈夫なはずだよ
そんなメッセージを私は受け取った
「過去があって今がある」って
表面的には当たり前なようで
言葉の背景あるものは、ひとりひとり全く異なる
唯一無二のものであって
経験自体に大小を差し図る基準も無ければ
背景にあるその人自身の考えや感情で大きくその後が変わるものだと思うから
FINEという曲は
誰にでも語り口を開いてくれる曲だなと思った
テヨンさんが
「学んだことは、ぼく自身を愛すること」
と言っていた姿が脳裏に浮かぶ
テヨンさんはひとりの人間として憧れで
はじめて出来たロールモデルで
自分にストイックで
周りとの関わりを自分から生み出して
それを着実に形にしていく姿とか
周りから多くインスピレーションを受けて
アイデアを表現する方法を見つけて形にしたり
周りに向ける愛情が広くて深いところを見て
私がなりたい人間像を、テヨンさんに見つけた
ずっと謙虚なテヨンさんは
よく「ぼくなんて」って言うけれど
“ぼくたち(グループ)”になると
「ぼくたちは最高だ」って言う
「ぼくは未熟でまだまだだ」「ごめんなさい」
のような謙遜する言葉を見る機会も沢山あったけれど
それはストイックが故の言葉だと思っていたから
その姿勢が完全に悪いものだとは感じていなかった
もちろん、そのおかげでテヨンさんの自身に向ける愛が損なわれることには心配するし
それらが、ただ周りからの言葉から受けた傷ではないことを祈るばかりだけれど
見ている先の目標が大きかったり
挑戦が大きいものだからこそ
乗り越えるために必要なものが多く
まず大きな覚悟が必要だったりして
謙虚と責任感の強さが相まっての感情なのかなと
感じたりしていた
私はテヨンさんを見るとき
“リーダー”として見るよりも、
“推し”としてひとりの人間として見ている
それは、立場を理由に
「リーダーだから〜すべきだ」みたいな一片的に行動原理と紐付けたくない自分もいる
テヨンさんが
いつも툥프を友達と言ってくれるように
思いやりから窺える温かい気持ちや
彼自身を奮い立たせているエナジーや
彼だからこそ生まれる色そのもの
に目を向けたくて
そこに、社会とか周りの感情や行動が理由になることが無いような、彼の自由を願う気持ちも大きいのかもしれない
そんな中、今年はリーダーのテヨンさんを沢山感じた年でもあった
7/8のbubbleが忘れられない
「すべてのメンバーがいるからこそ可能だってことを証明したい
ぼくはぼくたちが一番輝く瞬間、最高の瞬間を見ようと思ってる
一度はじめたことは諦めません」
メンバーと会話して感じたことや
過去のリーダーとして背負ってきた感情を
いざ文字にされたとき
ひとりのアイドルとして存在するテヨンさんと
リーダーとしての役割を担う存在を共存させることはどれ程難しいんだろう、と図り知れなかった
自分がその立場にいることを考えても
想像にも限界があって難しいけれど
頑張って頑張って自我を見つけて保とうとしないと、6年もの間など立っていられない気がした
立場にある重みや、自然と生まれる大きな社会からの矢印から逸れたところに、bubbleやファンとの空間があったらいいなと思うし
テヨンさんが歩いてきた道にある足跡は
テヨンさんにしか分からない深さや色があって
周りの人間が分かることなど、数%にも満たないかもしれないけれど、それでも色の濃さを感じるくらいなんだよと伝わったらいいな
「リーダーがテヨンでよかった」って言葉を沢山見るし、その度にこの感情が伝わったらいいなと思ってる
FINEをアップしたときにくれたbubbleで
“決して何かの結果を望んでアップしたものではないから”という言葉があった
感情そのものをすごく大切にする人
という、好きな部分が顕われた言葉だった
テヨンさんが見せてくれる言動がブレない軸には
ファンとの意思疎通があるなと思っていて
ファンの反応を頻繁に見て感想をシェアしてくれたり、温かい気持ちになったことを伝えてくれる
「ぼくはこう感じたけれど、皆はどう?伝わったらいいな」みたいな
相互の疎通を期待する気持ちが大きいんだなというところに愛をくれる
自分もFINEを聴きながら一年と過去を振り返って
今の自分を認めることが最近できるようになったなと感じていて
FINEがその感情に背中を押してくれた
自分が何を仕事にするか、何を趣味とするか
何を楽しみとするか、何を課題とするか
どんな思いで事を成すか、努力するかも
「個人の自由だ、私の人生だ」と
ひと息に言いたくても
その言葉が喉で止まったりする
日々「誰がどこに就職した」とか「誰が誰と〜したらしい」とか、そんな話題ばかりで飽き飽きするものの、結局見られる部分はそこなんだな〜とか感じたりもしてがっかりすることもあるけれど
自分の仕事を決める時が
最近の人生で一番大きな節目であり、決意をした瞬間だった
職、仕事と考えると、この先の人生の全てを決めてしまうような気がして恐くなって、体裁が先に浮かぶような瞬間もあったけれど
「どこで」よりも「何を」に目を向けて、
この先何をしたら自分が楽しいかなって好奇心に目を向けた瞬間に今の場所が決まった
その自分を見つけたおかげで、今の自分も未練なく働いたり、歩んでるなと思う
将来がいつまで続くか分からないし
ある保証がないものだから
そこを簡単に信じて歩みたくはないけれど
「今これをしてたら少し先も楽しいかも」くらいの期待なら出来るかなと思ったりもした
時間軸を伸ばして
広い目、長い目で物事を見るとき
概念的・抽象的なことが対象になるから明瞭化して言及することが難しいから
つい出来事とか一瞬の感情とか、一点に向けた感情が大きくなっていくけれど
瞬間瞬間だけに目を落とすのではなくて
今の自分かある過去に感謝して
少し広い時間軸で
少し先の未来に「We'll be FINE」と言えるように望んでもいいのかも
FINEからのメッセージとして受け取った
はじめてFINEを聴いた時
「絶対に大丈夫だよ」と伝えた涙の痕は
たくさん見てきたシズニの涙だと思った
でもその涙の痕は
テヨンさん自身が流した涙の痕かもしれないし
メンバーや周りの人の涙の痕なのかもなと思った
背景はわからないし
シズニの涙の痕だと思ったのはエゴかもしれない
今は「大人だから泣けない」けれど
彼が過去に流してきた数々の涙の痕が
過去の経験、努力の証として刻まれていて
たしかに、大丈夫だったと思える今を支える足跡なんだなと思った
結果だけじゃないところに目を向けるからこそ
自分を認めること、愛することを“学んだ”と言い表せると想うし、その今を大切にしているのかな
これからも
テヨンさんという人間が
やりたいこと、想うこと、表現したいことを
表現できる、形にする場所と姿を見ていたいし
それが想いのまま自由に表現できる場所があって欲しいし
それによって、何か彼の想いが叶う形として人生に刻まれていくことを願っています
人生を認めてくれる曲『FINE』が
ひとりの툥프の、大切な人生歌になった
それぞれの人生を認めてくれる歌
大切な曲をありがとう
우린 괜찮을 거야
2022,11,11