騙しているのは誰だ

多くの人が勘違いしていることの一つに、メディア(=マスゴミ)は世の中にある全ての情報(定義が違う気もするが)を取捨選択して、自分たち(支配者層?上級国民?政府?はたまたDS?)の都合の良い情報だけを伝えていると、という“思い込み”または“考え”があります。また自分達の意見が社会に伝わらない(=報道されない)のは、言論統制の結果なのだと。

これらははっきり言って、思い込みです。
だって首相を「ばらまき眼鏡」なんて呼び、それを記事で使っても何も起きないでしょう(しかし、これは誠に失礼な言い方です。そもそも眼鏡をかけていることを揶揄している。差別用語だ!と叫びたい気分)。ネットで政権の悪口を言っても、家に警察は来ないでしょ。あなたの意見が社会に広まらないのは、多くの人の賛同を得そうにも無いからです。

メディアは読者が知りたいと思う情報を報道しているだけです。そうでなければテレビは見てもらえなくなり、新聞・雑誌を買ってもらえなくなるからです。マスコミ各社の担当者は、デジタル版の視聴データや記事がクリックされた(=読まれた)データを毎日と言わず、毎時、首っ引きで確認しているはずです。
テレビ番組の出演者選択も同じ。ジャニーズ事務所の人が出ると、多くの人がその番組を見るから。もちろん、事務所から共演者などについて意見(=恫喝?)があり、それをどう忖度するかというあったとは思いますが、少なくともメインの演者、歌手に人気・実力のない人を選ぶ事はありません。だって、多くの人に見てもらわないと困るから。

喜んでもらうために、ついつい書き過ぎる、筆が滑るケースもあります。ある2人の著名ジャーナリストが、相次いで、ウクライナとロシアの戦いに関して堂々と間違いを書いていました。ある人が、劣化ウラン弾の説明に、
「劣化ウランを巻きつけたもの」
と書いていましたが、これは間違い。劣化ウラン自体が弾芯、砲弾の芯になっているのです。それから、超大御所のジャーナリストは
「ロシアは遂に最新型戦車のT-14を投入するようです」
と書いてました。確かにT-14はロシアの最新式の戦車です。でも、軍事オタクの皆さんはご存じですが、製造台数は多くても20両程度。その中で戦場に出られるのは何台あるのやら、という状況です。ゲームチェンジャーという言葉が一人歩きしていたタイミングだったので、T-14投入という“ニュース”が「RX78ガンダムを連邦軍は投入した!」みたいなニュースバリュー(ニュースとしての価値)がある思ったのでしょうか。ちなみにどちらの方も訂正等はありません。

9月のことですが、劇作家・演出家・俳優の野田秀樹さんの会見がありました。コロナ禍に文化芸術が不要不急とされたことなど日本の文化政策について、日本記者クラブでの会見でした。その際、質疑応答でジャニーズ事務所についての質問があり、ある記者が「ジャニーズのタレントがドラマなどあらゆる作品のレベルを下げている。ジャニーズのタレントはひどい」と言ったとのこと。しかし、野田氏は「ジャニーズの人間を実際に知っているけれど、一概にひどいとは思わない」。「人気のある人は華があることが多い。必ずしも、人気があるからいけないとは考えない」と答えたとか。
ジャニーズ喜多川氏の性加害についてのネット記事で、コメントが付けられるものを見ると、「全てのジャニーズ所属タレントを即刻、出演停止にすべき」というコメントをつけている(たぶん)おじさんの多いこと多いこと。彼らは皆、テレビ局はジャニーズ事務所への忖度だけで、所属タレントを出演させていたと思い込んでいるのでしょう。
今まで、そんな事は思ったこともなかったのに、性加害が白日の元にさらされたので、知らなかった自分達は騙されていたとでも言うのでしょうか。でも、騙されていたからって、自分が正義の側に立っていると思ったら大間違い。

先日、執筆陣の人選に違和感を感じる事の多いサンデー毎日の高橋源一郎氏の連載記事に蒙を啓かれました。映画監督・俳優の伊丹十三氏のお父さん、映画監督の伊丹万作氏の「戦争責任者の問題」という一文が紹介されていました。その中に、

「だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。」
(中略)
「「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。」

伊丹万作「戦争責任者の問題」:青空文庫

この文章は基本的に、太平洋戦争後、戦争責任者に騙され戦争に巻き込まれたという人々の態度は間違っているということを主張しています。なぜなら、騙された原因は、

「だまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである」

伊丹万作「戦争責任者の問題」:青空文庫

だと喝破しています。
たとえ騙されたからと言って、騙した相手を一方的に悪役にして、自分は正義の高みの椅子から見下ろし、全否定する権利なんて、全く無いと私は考えます。特にこの場合。
これは記者会見に参加している全ての記者も同じです。騙されたと思っている人々の代表として、記者たちがあのような質問をしているとしたら、そもそも騙しているのはその記者たちです。

伊丹万作「戦争責任者の問題」は青空文庫で読めます。是非、ご一読ください。
作品データ NDC914
図書カード No.43873


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