リフレインが叫んでる〜2月8日に寄せて
1988年11月28日月曜日の夜のことです。
会社の帰りに、レコード屋さんに寄り、予約してあったCDを引き取りました。帰宅の足であるJRはいつもの様に混んでました。
家に着き、気忙しく、CDを覆っているセロファンを剥がし、CDをCDラジカセに入れて、再生ボタンを押しました。そこで出会った曲のお話です。
CDは松任谷由実さんの「Delight Slight Light Kiss」。20枚目のオリジナルアルバム。そして1曲目は「リフレインが叫んでる」でした。
1989年7月、逗子マリーナで行われたSURF & SNOW in Zushi Marina vol.10に行きました。当時の愛車、タダでもらった廃車寸前の日産サニー。元々、クラッチが薄くなっていて、当日、エンジンは始動したものの、なんと、どうやってもクラッチが繋がらない。仕方なく、急いでレンタカー屋さんに行って、一番小さい車(たぶん日産マーチ)を借りて、一緒に行く女性をピックアップ。
予習のために、CDをカセットテープにコピーしてあります。元々、私の車にはラジオ以外の装備はなかったので、カセットテープを鳴らすために小さいカセット再生機を積んでありました。「Delight Slight Light Kiss」をエンドレス再生。
今になって当時のセットリストを確認すると、1曲目が「リフレインが叫んでる」だったとありますが、正直、その記憶がありません。
この曲はシングルカットされたわけでもないのに、ある種、ユーミンの代表曲とも目されている曲です。
CDに同封されているブックレット(正式にはなんと呼ぶのでしょう。解説書?)を見ると、歌詞に続いて、この曲の演奏者の名前が記載されています。
Drums: Synclavier D.A.S
Guitar: Masaki Matsubara, Shoji Ichikawa
後はユーミンを含むバックグラウンドコーラスの方のお名前だけ。
Synclavier=シンクラヴィア D.A.S.(Digital Audio System)とは、1台1億円と言われた、1980年代のポップス史を象徴するシンセサイザーシステムです。現代におけるデジタルーディオワークステーション(DAW)の先駆けであり、これ1台で作曲から演奏、アレンジ、レコーディング、ミキシングまでこなせる、音楽制作機能全部乗せシステムでした。
つまり、「リフレインが叫んでる」は歌とギター以外の演奏が全て「打ち込み」で成立していたのです。
日本には数台、輸入されたとのこと。かの加山雄三さんも所有していて、あの光進丸に乗せていたという都市伝説がありました。(所有されていたのは事実のようです。閉館された加山雄三ミュージアムに展示されていたとX(旧・ツイッター)への投稿を発見しました)
音楽関連の対談でも、加山雄三さん自ら、打ち込み作業を行い、シンクラビアだけで曲を完成させていたというインタビューもあります。
小室哲哉さんも愛用者として知られています。
ちなみにほぼ同時期には、同様の機能を持った、これも一世を風靡したフェアライトCMIが登場しています。シンクラビアのライバル機と言われていて、坂本龍一さんが愛用されていました。
「打ち込み」以外の演奏者の一人、Masaki Matsubara=松原正樹さんは主にレコーディングスタジオで演奏するスタジオミュージシャン、ギタリストでした。でも、実は1970年代から1990年代の日本の歌謡曲、ニューミュージック、そして現在、シティ・ポップと呼ばれるジャンルの音楽に、巨大な足跡を残しています。参加した曲が実に10000曲を超えると言われています。そして、その音は、聞けば一発でわかる音であり、曲そのものの魅力を高めるフレージングで““歌って””います。
代表的な曲を取り上げるのが難しいのですが、例えば、以下に挙げた曲の中のギターのフレーズ、口三味線で奏でることができますよね。
1978年 平尾昌晃さん・畑中葉子さん「カナダからの手紙」
1978年 キャンディーズ「微笑がえし」
1978年 郷ひろみさん・樹木希林さん「林檎殺人事件」
1980年 山口百恵さん「さよならの向こう側」
1981年 松山千春さん「長い夜」
1984年 松田聖子さん「時間の国のアリス」
1984年 中森明菜さん「北ウイング」
1986年 荻野目洋子さん「六本木純情派」
松原さんは、松任谷由実さんのアルバムのいわゆるファーストコール・ギタリスト(アーティストがレコーディングやライブメンバーの人選を行う際に、この人に演奏をお願いしたいと「最初に声がかかる人」)でした。
もうお一人、Shoji Ichikawa=市川祥治さんは、ユーミンのライブに30年間帯同していたギタリストです。失礼ながら、その日本人離れした風貌と独特な雰囲気が、確かな演奏力に加えて、最高にビジュアル化されたユーミンのコンサートの必須要素として認知されていた、ファッショナブルなアイコンでした。ちょっとグランジな格好が最高なお姿が懐かしい。
「リフレインが叫んでる」のレコーデイング時の分担はわかりませんが、シンクラビア以外はこのお二人だけが演奏者として加わっていると言うことに、ある種の感慨を覚えます。「あのギターあってこそ」の曲になっているからです。
レコーディングでは松原さんが弾いたであろう決めフレーズを、ライブでは市川さんが弾くのですが、コンサート映像では、その姿が確実にワンショットで抜かれます。「リフレインが叫んでる」の、曲のだいたい1分50秒あたりです。
2022年10月に発売された、デビュー50周年を記念したオールタイム・ベストアルバム「ユーミン万歳!」は、収録されている過去の名曲をリミックス&リマスタリング。さらに配信用にハイレゾ化されています。エンジニアリングはGO HOTODAさん。マドンナの「VOGUE」を筆頭に、アメリカの音楽賞・グラミー賞を受賞した沢山の楽曲のプロデュース&エンジニアリングで知られています。ちなみに、元レベッカのNOKKOさんは奥様です。
このリマスタリングで、プロデューサーである松任谷正隆さんは、「リフレインが叫んでる」のドラムの音を全て入れ替えたとのことです。実は気に入っていなかったとのこと。しかし、ギターはしっかり、レコーディング時の音で残っています。
松原正樹さんは残念ながら、2016年2月8日に亡くなられました。享年61。もうその演奏は録音の中だけにしか、ありません。私は、アメリカの凄腕スタジオミュージシャンが結成したTOTOにならって、松原さんたちが結成したPARACHUTE(パラシュート)というフュージョンバンドの大ファンでした。このバンドのメンバーたちは、現在でも超一流のミュージシャンであり、井上陽水さん、福山雅治さん、星野源さんのライブでお姿を拝見できます。
1970年代、80年代の音楽がシティ・ポップとして、現在、世界を席巻しています。一方で、イントロや間奏は要らない、時間の無駄だと飛ばして聴く人々がいる今ですが、是非、歌以外の部分の演奏にも、耳を傾けていただきたいものです。その曲を音楽として成立せしめているのは、演奏あってのものですから。
本日は思い出話で失礼いたしました。