「コロナ後の世界に向けて」

 校長室の窓越し、いつものように穏やかな山間の田園風景が広がっている。この時期、校門の桜が満開を迎え、そして散っていく。咲き残った菜の花の黄色と桜のピンクが朝陽の中で融けあい幽玄な風景が立ち現れるこの季節。一年をとおして最も晴々しいはずの、その一週間ばかりの尊い時間が今年はなにか違った相に見える。

 私が現在仕事の拠点としている大分県国東半島の谷深く、十年前に廃校になったこの旧西武蔵小学校の校舎。私たちはここでモノつくりの仕事を行い、国内外に製品を出荷している。
 国東時間という社名の由来は今から七年前の週休三日制の取り組みに始まる。ちょうど今の安倍政権が働き方改革を打ち出す前夜でもあり、私は総理官邸に呼ばれて「国東時間」のコンセプトを説明した。その後メディアはこぞってこの取り組みを取り上げ、世間では週休三日ばかりが注目されることになったが、私たちにとっては三日休むことに意味があったわけではない。政府が目指している働き方改革や仕事の効率化の問題でもない、目指していたのはむしろ経済の反対側にあったのだ。

 私たちは戦後高度資本主義経済の発展の中で物質的な豊かさを手に入れる代わりに多くのものを手放してきた。村落共同体が、そして「家」が崩壊する過程のなかで孤立した個に分断された私たちは「生命」そのものである自分自身の時間をお金と交換することで生きてきた。そうして私たちは自ら売り渡した時間に追われながら生きていくことを条件ずけられてしまった。以来他者の(あるいはシステムの)時間を生かされている状態がずっと続いている。
 失われた自分たちの時間をもう一度取り戻そう。地域にはその地域固有の時間が流れているはずだ。その地域固有の時間を積極的に身体に取り込みながら自分たちの仕事と生活を組み立て直すことができるはずだ。これが「国東時間」の仮説であり、考えかたなのです。そして三日の休みはそれを実践するための第一歩だったのです。

 東京(都市)で流れる時間とここ国東半島の山奥で流れる時間は明らかに質が違う。生身の人間が体感すれば誰しも容易にわかることなのだけれど、それでも世界はたった一つの時計(文明)を共有し一日は24時間、一年は356日、世界は均質な時間を生きるよう要請する。

 皮肉な話だが今回のコロナ騒動は全世界で共有する統一的な時間、そしてそれを支えるシステムそのものに急ブレーキをかけることになった。誰もが想像しなかった出来事だったであろう。そして私たちが寄って立つ世界システムの脆弱性を見事に露呈する結果になった。今私たちの間で進行しつつある感染現象、そして恐怖の対象であるものは実はウィルスの毒では無く、私たちがこれまで営々と築き上げてきたシステムが内包する毒であるのかも知れない。

 ウィルスはどんなに時間がかかったとしてもいずれ収束するだろうが、システムの「悪(毒)」を取り除くには私たちの意識の変革が必要だ。もとの状態に戻ろうとする強力な揺り戻しがこれから私たちを襲うだろう。あらゆる既得権益がその方向に向かって動いていくだろう。しかし私たちはもう元の世界には戻れないのだ。今直面しているこの事態を災厄ととるか、あるいは僥倖ととるか。いずれにせよ世界を前に進めることが重要なのです。私たちの人類としての生存本能はいつでも「子供たちを守る」という一点に集約される。次の世代のために今何ができるのか、子供たちを守るために何が必要なのかを考え行動することが私たちの唯一の行動指針になるだろうと考えます。

今いる人

 最後に添付した時間のダイアグラムを見て欲しい。いまこの場所に流れている時間は今生きている私たちだけのものではありません。すでに逝きこの地に眠る人、そしてこれからこの地に生まれ出でようとする人。つまり「今いる人、もういない人、まだいない人」にとって同時的に時間は流れているのです。最も重要なのは交差する二つの境界部分、つまり「死」と「生」のポイントです。この二つの境界部分に私たちの持てるリソースを集中することで、今いる私たちの世界がとても豊かに結実するのだと私は考えます。循環する自然の中で、私たちの「死」を丁寧に扱うこと。同時に「生」の境界において子供たちを守ること。コロナ後の世界はもう一度このことを考え直すことから始まるのだと私は思います。

 今回新型コロナウィルスの影響で私が登壇するはずの講演は中止になりましたが、またいつか何らかの形で皆さんにお目にかかれるものと信じています。一緒に子供たちを守りましょう。ウィルスの沈静化にはまだまだ時間がかかりそうです。皆さんくれぐれもご自愛ください。 

                          国東時間 松岡勇樹


*本文はコロナ禍で中止になった2020年6月3日開催予定、「九州地区退職女性教育管理職の会、大分大会」のために寄稿した文章です。

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