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SS 何か【ぼくはくま】青ブラ文学部参加作品(七百二十文字位)
「くまちゃん」
「くまちゃんだね」
「買って」
「うーん、高いなぁ」
やさしい父親は小さな娘の手を握り、古い人形の店に入る。
「あの、ショーケースのくまを」
「ああ、一つ約束をしてくれ」
「約束?」
「くまがいらなくなったら、切り刻んで捨ててくれ」
陰鬱な店主が念を押す。父親は変な店に入ったと後悔したが、かわいい娘のために黙って金を払い、約束を忘れた。
「くまちゃん」
「かわいいね」
「ぼくはくま」
小さな娘が小さなくまの手を握って、フリフリして見せた。ぼくはくま。くまは熊としての命を宿らせる。少女が人形を愛するように、人形も少女を愛した。それが誰にもわからなくても愛は存在する。
「くまちゃん、大好き」
「お嬢ちゃん、かわいいね」
公園で遊んでいた少女。彼女は犯罪者に狙われた。くまを抱いた少女は逃げたが、すぐに犯罪者に腕をつかまれる。
「ぼくはくま」
少女の服に犯罪者の手が触れる。少女は逃げようと熊のぬいぐるみを犯罪者につきつけると、にぶい音とともに犯罪者の腕が折れた。絶叫する犯罪者と少女の周りに人が集まる。
「ぼくはくま」
少女をいじめる男の子も例外ではない、少女の熊を奪おうとしただけで怪我をする。両親も恐れて熊を手放すように説得するが少女は離さない。
「ぼくはくま」
少女の飼っていた犬が熊の人形で死んだ。ぬいぐるみにじゃれついただけでも骨が折れて死んだ。少女は泣いて叫んで熊を床にたたきつける。
「あんたなんか嫌い!」
くまは死んだ。愛されなければ居場所はない。くまは両親にハサミで切られてゴミ箱に捨てられる。もうくまじゃない。
「ぼくはくまじゃない」
その何かは、くまですらない何かは、なにをするのだろう……