仙人(05/15) 【幸蔵の旅】
あらすじ:静を京へ送り届ける。
「荷物は、ありました」
山賊にさらわれて、荷物を盗まれた静は、父の仕事を受けついで自分が荷物を運びたいと幸蔵に頼む。幸蔵は寄り道は気にしていない、今は天狗の神通力が使えるので彼女をかついで走る事もできる。
「どこさ行くだ? 」
山向こうの庄屋だという。姉が居る村だった。幸蔵は静背中におぶる。手に柳行李を持って走り始めた。山道をスイスイと登ると静は楽しそうに笑う。幸蔵はその笑い声が嬉しくして自分も笑う。背中にあたたかい重さを感じながら山頂へ登った。普段ならば数刻はかかるが、今では瞬きを十回もしないで登り切れた。静が楽しそう幸蔵に話しかける。
「天狗様の術はすごい」
怪力で疲れを知らない、そんな体を幸蔵は作り上げていた。山頂から見ると山向こうの村が小さく見える。藁葺き屋根の小屋と大きな大きな屋敷が見える。庄屋の家だ、山を昇るときも同じくらいの早さで降りられた。村に入り静を降ろすと、村の様子がおかしい。静は怖そうに小声で幸蔵につぶやく。
「人が居ませんね」
もちろん日中は田の仕事はしない。朝早くやるのが普通だ、それでも畑にも人の姿が見えない。
「庄屋様に向かいましょう」
静は、先に立って歩くと庄屋の大きな屋敷に向かう。幸蔵はあわてて静の後ろについて歩く。まるで姉と一緒に居る気分だ。姉はやさしく美しかった、静と同じだ。そんな姉は器量の良さから庄屋の嫁になっている。
「どなたかいらっしゃいますか? 」
庄屋の戸は開けっぱなしで誰いない、大きく暗い屋敷の中に入ると障子もなく、囲炉裏には火も入ってない。まるで人だけ掃いて捨てられたように消えていた。
「姉様、姉様。幸蔵です」
下腹がむずがゆくなり、さみしさから幸蔵は大声で姉を呼ぶが返事は無かった。
「なにしておる? 」
人の気配がしてふりむくと老人が立っていた。粗末な着物を着て杖をついている。あごひげが異様に白く長く本人の膝のあたりまで伸びている。
「私は京から参りました、吉岡家の静と申します」
「庄屋に頼んだ薬が到着したか」
老人は土間から座敷に上がると囲炉裏に座る。手招きをして幸蔵達を呼び寄せると、村には異変があり薬が必要だったと語る。
「少し遅かったな、尸鬼が繁殖して村人が連れていかれた」
「尸鬼と申しますと? 」
静がたずねると老人は、自分が仙人であることや遊びがてら庄屋に居候している事を教えてくれる。老人は難しそうな顔になると、この地の呪いで尸鬼が増えた事を語る。
「尸鬼は、元は人の体内に居る虫じゃが、田にもおるんじゃよ」
田の尸鬼は人に取り憑くと病を発症させた。仙人はその特効薬を遠い西の国から取り寄せるために頼んだと言う。
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