月夜の晩に【カバー小説参加作品】
リンゴ箱の板は、もう黒ずんでいる。私はそのリンゴ箱に助けられた。箱の中の赤いリンゴは供物だ。
幼い頃の夢は、現実と同じように感じていた。だから夢と現実の境目が、あいまいでもある。その夢はこんな風だった。
私が寝ていると夜なのに妙に明るい。縁側の雨戸が開いている。月明かりが、まぶしく部屋の中を照らしている。夜に雨戸を開けるわけもない。誰かが開けたのだ。
「今年のリンゴも、うまい」
「毎年リンゴばかりだと飽きるな」
「たまには人を喰うのもいいな」
「でも喰えばうるさいからな」
縁側に座っているのは二人の男だが、村の人間ではない。見知らぬ男達は、物騒な話をしながらクククッと笑っている。
私は彼らは人ではなくて、キツネに感じる。キツネが人を食べる昔話を聞いたばかりだ。
(これは……夢?)
布団からそっと抜け出すと、部屋の奥まで静かに逃げた。月明かりの届かぬ闇に溶け込む。手探りでリンゴの箱を見つけると後ろに隠れた。
「もう我慢できないな」
「じゃあ食べるか」
男達が私に近づくと白く毛の生えた手を差し出す。ぎゅっと目をつむって体を硬くする。
「赤い赤いリンゴをもらおう」
「真っ赤な真っ赤なリンゴをもらおう」
男達はシャリシャリと音をさせながらリンゴを食べている。私はずっと箱の後ろで体を固くしていた。
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朝になり布団から体を起こすと夢を思いだす。なにか獣臭い。祖母が庭で食い散らかしたリンゴを見つけた。
「お使いが来ておったのか……」
祖母に夢の話をすると教えてくれた、はるか昔に飢饉がきたときに、イケニエの子供を差しだして、キツネから山の幸をもらった事がある。キツネは人の味を知ると、たまに里に来て子供を食べたがる。だから供物を差し出して許してもらう。
「この村じゃリンゴを作ってキツネに供物として渡すんじゃよ」
神隠しで子供が消えたり、妊婦が流産する時もあるが、キツネの仕業として、あまり騒がない。
私も大人になり夢を忘れていた……でも結婚して子供をさずかるとあの夢を見るようになる。
「リンゴが必要……」
私の子供が生まれるのは、しばらく先だ、大きくせり出した腹のやや子のために、常に供物をそばに置いている。もし絶やせば……産まれる前に……
以下の企画に参加させて、いただきました。
カバー元の作品です、ありがとうございます。