SS 切腹【最後の日】 #シロクマ文芸部
最後の日にnoteでショートショートを書いてみる。noteが閉鎖されると聞いたときは、サービス終了特有の鼻がツンとするような悲しさを感じた。
「○○さんのお題で一杯、書いたなぁ」
もう何年も前に消えた人のお題で話を作っていた。誰が喜ぶでもなく意味の無い行為かもしれないが、義理で書いていたと思う。
「△△さんも来てない」
コメントをもらってコメントを返す。そんな単純な事がとても嬉しかった。いつしか縁遠くなると彼女も見かけない。
「最後はこんなもんか……」
誰も更新していないのかタイムラインには新着がまったくない。供養と思ってショートショートを書く。
…………
「最後の日だ、何か希望があるか」
「水づけを所望したい」
白米に井戸の冷たい水をそそぐだけの簡単な料理だ。腹を切るのに飯を食うの御法度だ。でも喰いたい。
沢木源蔵は、組頭をしていた。殿を警護するために中間を管理していたが、粗相が起きる。槍持が、手をすべらせて槍を倒して殿の駕籠に傷をつけた。
「切腹を申し渡す」
部下の失態は上司の失態だ。連座のために、沢木を腹を切るはめになる。
(しかたの無い事だ)
けじめがすべての社会では、罪はなくとも死ななくてはいけない。最後の日に、少しだけ贅沢をしたかった。膳が運ばれると、水につけた飯と香の物が置いてある。
(ありがたや、最後の食事だ)
箸をとって、茄子のぬか漬けをはさむと口に運ぶ。
「うまいでござる」
きゅっきゅっと歯ごたえのある茄子を噛みながら、水づけをすする。するするとノドを通るさわやかな食感はたまらない。まばたきする間もなく食べ終わった。
(もうないのか……)
肩を落としていると、先ほどの武士が合図する。今度は暖かい飯が出る。哀れに思ったのだろう、炊いたばかりの飯と梅干しを出されると、それもたいらげた。
「もう満腹でござる」
笑う沢木は立ち上がるとゆっくりと介錯人が待つ場所へ進もうとするが、体がしびれる、動けない。
(これは毒を使って死なせてくれるのか……)
切腹も介錯も血で汚れる。それを嫌って毒殺する場合もあった。最後の食事には毒が盛られていたのか……ゆっくりと視界が暗くなるとその場に倒れる。
気がつくと布団の中だ。妻が泣いてしがみついていたが、自分は生きていた。
「何があった」
「米に瘴気が含まれていたようで、何人も死にました」
「切腹しないと」
「いえ、毒味役として禄をいただけるそうです」
毒に強いという事で毎日たらふく食べられる。しかし沢木源蔵は、毎日飯に水を入れて食べる。
「やはり水づけが一番うまいな」
…………
ノートパソコンを閉じると席を立つ。誰も人間が作る作品を楽しまなくなった。人工知能が、読む人間に合わせて話を作ってくれる。無限に相手してくれる。わざわざ本を読む必要すらない。
noteが消滅した理由は……人との交流が不要になった時代のせいだ。窓の外を眺めながら、さっき作った茶漬けを食べる。
「うまい、茄子のぬか漬けも作っとくんだった」