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怪談 人蜂 【ハチミツは】シロクマ文芸部参加作品

 ハチミツは甘く、ハチの子を口に含むとその甘さとうまさで重三じゅうぞうはにんまりと笑う。

(滋養があるから、嫁に食わせるべ)

 重三じゅうぞうの妻がやまいで倒れた。彼は山の中に入って蜜を採ろうと考えたが、蜜がとれる場所は禁忌きんきの山で人が入れない。

(そげな迷信……)

 山の迷信は多いが権利関係で建前として入山を禁止している事が多い。勝手に入って山菜やらキノコやらを採られてはたまらない。禁忌きんき山主やまぬしが入山を禁じる口実だと重三じゅうぞうは思っている。なによりも嫁のためだ、大義名分があれば許される。

 ハチを退治してハチの巣を採る。煙でいぶせばハチは麻痺して動けなくなる。土を掘り起こして人の頭くらいの巣を採った。

(これで元気になるべ)

 この土地のハチは昔から土の中に巣を作り、斜面にハチが出入りする小さな穴があるだけで普段は巣が、どこにあるのかわからない。だがこの山の斜面には、いたる所にハチが出入りする穴があいていた。

(こんだけあるんだ、一つや二つ)

 山を下りようとすると、首をハチに刺された。

「痛てぇ」

 首筋にチクりとされたが騒げばハチが寄ってくるので、我慢して逃げるように村にかえると村の入り口で村人が重三じゅうぞうをにらんでいる。

重三じゅうぞう、山に入ったか」
「……嫁のためだ」
「巣を採ったのか」
「一個だけだ」

 ざわざわと村人とおさが陰気な顔になる。重三じゅうぞうは、荒い口調で家に戻ろうとするが止められた。

「村に入っちゃなんね」
「なして、嫁のためだ」
「そこの山は人蜂ひとばち様のタタリがある」
「そげな迷信!」

 重三じゅうぞうが、みなを強引に押しのけようとすると逃げるように彼から離れた。なにかを怖がるように……

「おっかぁ、戻った。これを食え」

 さっそくハチミツとハチの子を食わせると、嫁は涙を流して喜んだが重三じゅうぞうの顔を凝視する。

「あんた……」
「どうした」
「顔が……」

 ハチにさされたせいで首だけではなく顔がはれ上がっていた。熱も出てきたので寝ることにした。

「おっかぁ、明日には治るべ」
「あんた、ありがとね」


 ざわざわと村人が重三じゅうぞうの家の前に集まっている。入り口から中をのぞきこんでいた村人が急いで戻ってくる。

人蜂ひとばち様のタタリじゃ」
「刺されたか……」

 人蜂ひとばち、この地方にいる固有のハチは、動物の体に卵を産み肉を喰らう。動物がいなければ蜂蜜で暮らす普段は温厚なハチだが、刺された重三じゅうぞうは、すでに体内に入った卵がふ化して顔を食い破ってハチが外に出ていた。

「家を焼け」

 ごうごうと燃え上がる重三じゅうぞうの家は、煙につつまれながら崩れ落ちた。中の人蜂ひとばちと嫁とともに……

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