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怪談 老いの恋【月夜の寝ぐせ】#毎週ショートショートnoteの応募用

「寒いね……」

 呉服問屋で働いていた女中のお松が妾になったのは、引退した老主人に手をつけられたせいだ。家を与えられて不自由なく暮らせるならばと女中から囲われる事にした。

 冬の夕刻は夜のとばりが下りるのが早く、またたく間に暗くなる。お松は老主人が来るのを待っているが、ここ数ヶ月は会えていない。

(もう飽きたのかね)

 お松はさばさばしたもので、捨てられるならよその家で女中で働く気でいた。その時に戸が叩かれる。

 トントントン
 トントントン

 主人かと出てみれば誰も居ない。夜空には明るい月。そこに老主人が闇から溶け出るように顔を見せた。

「旦那、驚かさないで」
「今夜は、寝かさないよ」

 陰鬱な声に背筋が凍るが、それでも金をもらっている義理がある。老主人に朝まで相手をさせられた。

「元気だね、旦那」
「お前は、すこぶるいい女だよ」

 旦那の乱れた髪をなおしながら背中に甘えて見せた。そんな日が何日か続くと、老主人の息子が顔を出した。

「お松さん、父が死んだ」
「……それは、お気の毒に」
「それで、お松さん。異変はないかい?」
「異変?」

 老主人は自分の死期を悟っていた。医者から長くないことを告げられると、自分にまじないをかけて自殺した。

「好きな女と一緒に、あの世にいきたいと……」
「……」
「死んでから、何日か愛するものと出会うとあの世に連れていける」
「旦那はいつ死んだんです」
「数日前だ」

 月夜におとずれた老主人は死人だったのかと思うと恐ろしいが悲しくも感じる。息子からは家を出てくれと告げられた。その日も老主人が家に来る。

「お松、一緒にいこう」
「いいですよ」
「本当か?」
「もう生きていくのも飽きました、私を愛してくれるなら地獄にでもお供します」

 老主人の月夜の寝ぐせをやさしくなでる。老主人は、嬉しそうにポロポロと涙を流し、すっと消えた。朝になり、お松が身支度をして家から出ようとすると店から番頭がきた。

「お金をもってまいりました」
「だれからだい」
「元のご主人様からです」

 朝起きると帳場に老主人からの手紙が置いてあり、お松に数百両の金を渡せと書いてあった。

「うれしいね」
「でも、お店は潰れます」
「……なんで」
「若主人が死にました」

 老主人は、お松のかわりに息子を連れていった。

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