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SS 食べる夜 #シロクマ文芸部

 食べる夜が近づいてくるのは本能で判る。

「もう別れようか? 」
 蛍光灯の下で見る男の顔は幽霊みたいに青白い。もちろん本物は見たことは無いし居るわけも無い。冷たく汗ばむ体から体温が急激に下がる感覚、見捨てられる事の恐怖よりも生理的なさみしさで体が小刻こきざみに震える。この感覚になれるとは思えない。

「飽きた? 」
「そうだな、体が冷たすぎる」

 私は体温が低い。肌を合わせても、お互いの肉の冷たさばかりを感じる。それでも私は男の熱が欲しかった。男を食べたい、夜に食べたい。狂うようなスパークする感覚を味わいたい。でもこの男では無理に思える。

 ゆっくりとベッドから起き上がると男は財布から十円札を何枚か出して私に渡す。大きな手で頭をなでると、いとおしそうに髪の毛を触る。決して嫌っているわけじゃない。私の体が冷たいせいだ。

「もう、お帰りですか? 」
「また新しい娘が来たら頼むよ」

 古びた階段を客が降りていく、私も支度をしよう。学校に行かなくていけない、女将おかみさんに部屋代を払う、客からもらった十円札を一枚渡すと風呂敷ふろしきを背負う。母は私のお金を大切に使うだろう、給食費もこれで払える。もう少し大きくなったら、学校をやめてカフェーで女給になれる。

「あやめちゃん、おはよう」
「さやかちゃん、疲れてる? 」
「大丈夫よ、おてんとうさまがあたたかいから」

 元気な小学生達が仲良く校舎に向かって走る。


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