ご免侍 五章 狸の恩返し(二十四話/二十五話)
あらすじ
ご免侍の一馬は、琴音を助ける。大烏城に連れてゆく約束をした。一馬は蝮和尚の策略から平助と女房を助け出す。
二十四
祖父の藤原一龍斎が、道場の床に座る。痛めつけられた体は回復していなかった。一龍斎は、一馬に旅に出ると告げた。
「わしが手形を出させる」
「理由はどうしましょう」
「湯治じゃ」
祖父は傷を負ったために温泉で骨休めで手形をもらう、そして孫の一馬も連れて行く。そんな話をでっち上げていた。一馬の父親の藤原左衛門は、眼を細めて父の一龍斎を見る。
「騙されますかな」
「騙すもなにも事実だからな」
祖父はゆっくりと立ち上がると、十日後に出立するので準備をしとけと一馬につぶやいて寝所に戻った。
「でも天狼様からの仕事が……」
「気にするな、お前のやれる仕事は、言うほどは性急ではない」
父親の藤原左衛門も立ち上がると寝所へ向かう。
「父上、いつまで居られますか」
「明日には旅立つ」
呆然と見送る一馬は、まだ隠形鬼が生きている事が心配だった。
「……お勝、白湯をくれ……」
「眼を覚ましたのかい、まっといで」
お勝が台所に行くと、水野琴音もついていく。平助が深いため息をつくと、細い声で一馬を呼んだ。
「旦那……」
「なんだ、まだ養生しとけ」
「あっしは旦那が嫌いでした」
「……」
「でもね、旦那は旦那で一生懸命だ、あっしはそんな事はできねぇ」
「何を言いたい」
「あっしは、蝮和尚とつるんでたですよ」
「……平助、お前は散華衆なのか」
「いやそんなことは知らねぇです、ただ……」
「ただなんだ」
「あっしは狸なんですよ」
平助の奇妙な話で、一馬は少しだけ笑う。
「そうか、お前は狸づらだからな」
「ひでえな旦那」
「それで狸だからなんだ、人を化かすのは上手なのか」
「……あっしはもう岡っ引きをやめます」
「そうか……」
「今まで悪い事をして生きてきた、潮時です」
「さみしくなるな」
平助は、一馬の言葉を聞くと涙が出てきた。こんな狸でも心配してくれる。
「旦那、本当にすいません」
「もういい、何もいうな、あとで餞別を出すから……」
いきなり道場の雨戸が吹き飛ぶと板の破片が飛び散る。両手に鎖を持った隠形鬼が、両腕で鎖を高速で回しはじめた。