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ご免侍 十章 決戦の島(十話/二十五話)

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あらすじ 
 ご免侍の一馬かずまは、妹の琴音ことねを助けるために鬼ヶ島を目指す。父と母は敵として一馬かずまの前に立ちふさがる。しかし船出をしたすぐに、散華衆さんげしゅうのもう一隻の鉄甲船てっこうせんが、襲いかかる。船は沈み助けられたが、敵に捕らえられた。


 粗末な小屋に押し込められたが、とても牢屋として使えないシロモノだ。一馬なら体当たりで壁を破壊できる薄さで、海風がやたらと入ってくる。乾いたワラがあるので濡れた服を脱いで広げて、板から出ているクギにつるして乾かす。ふんどしもとって丸裸でワラの中に入り込む。

(ようやく体が温まる……)

 皮膚に塩がついているのでこすり落とす。しばらく寝転んでいるが眠りはしない。敵陣の中で安易に眠れないし殺される可能性はある。

(さてどう、父と話をするか)

 理屈を通したところで判ってくれるとは思えない。琴音ことねをイケニエにするのかも判らないが、散華衆さんげしゅう四鬼しき金鬼こがねおにが、琴音ことねの子をイケニエにするとも言っていた……

(おぞましい事だ、高貴な血を持つ子をイケニエにして死者を蘇らせるのか……)

 狂信的ならば説得は無理だ。相手は正しい事をしていると信じている。それを説得で変えさせるのは難しい、情で訴えようが、理を通そうが意味はない。

 ドンドンと扉がゆらされた。

「だれだ」
「私です」

 すっと引き戸が開くとするりと少女が入ってくる。水野琴音みずのことねだ。
「着替えを持ってきました」
「ありがとう」
「明日にはお父上とお話ができます」
「うん……」

 髪型は短くもっと幼い少女のようにおかっぱ頭の琴音ことねは、少しだけうれしそうに微笑んでいる。

「つらいことは無いか」
「なにもつらくはありません」
「ならば、良かった」

 もっと伝えたい事はある筈なのに、何も言葉を選べない。もっともっと琴音ことねと話したい。

「なにか食べるものはあるか」
「握り飯をもってきます、気がつきませんでした」
「江戸の屋敷で、琴音ことねと食べた飯はうまかったよ」
「はい」

 彼女も何か言いたげなのに、言葉にならない様子だ。

琴音ことね、これが終わったら江戸に戻るか」
「いえ……いいえ」

 声を漏らさずに泣く妹を抱きしめる。一馬は必ず江戸に連れ帰ると決めた。それが父親を殺す事になっても……

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