呪い紙【秋ピリカグランプリ応募作品】
夜半に訪れたのは官位をもった兵部省の役人だった。
「娘が呪われています」
「祓いですか」
真っ白な着物の陰陽師は静かに話を聞いている。役人の娘が呪われている、その呪いは自分の母からの呪詛だという。
「孫を呪っていると?」
「おぞましい話です」
娘は器量の悪い娘で、もらい手がない。やっと最近、縁談が来たが自分よりも官位の低い男だ。父親は怒りを隠さない。
「娘が醜いのは、母からの呪いです」
「どのようにして?」
「この紙人形です」
和紙でおられた人形は、幼子が作ったように崩れて中に文字が書かれていた。祖母が孫娘に常に持ち歩くように渡していた。
「我女兒一定很醜」
「確かに呪いですが……しかし、このままにしておいてください」
「なにを馬鹿な」
役人は眼をむいて、陰陽師を敵視する。
「おちつきなさい、あなたの母は孫を愛していませんか」
「……とてもやさしい母です」
「ならば手を触れぬが吉です」
「あんたは、金が欲しいのか? 望むだけだす」
「そのような、話ではございません」
意見がすれちがったまま役人は、陰陽師の家を後にした。闇に潜んでいた眷属の狐の娘が姿をあらわす。
「どのようにしましょう?」
「わからぬが、好転するかもしれない」
後は、眷属の娘からの話だ。
役人は別の祓い人を見つけて、呪詛を破った。役人の娘に、常に小さな菩薩像を持たせると呪いが効かなくなる。すると、みるみると美しく変化した。肌が白くなり、性格も明るくなる。そうなると見目が良い娘を誰もが欲しがった。元の縁談は破談になり、娘を嫁にするために、競って貴族が宝を届ける。
一番多く金を積んだのは、もう還暦の老人で後添えにしたいと口説き落とした、父親の出世も約束された。
「娘は幸せだったか?」
「井戸に身を投げました」
好色な老人を嫌い、純朴だったはじめの縁談の男性と結ばれぬと判ると、命を断った。
「そうか……、美しすぎる娘が不幸になるのを知っていたか」
呪われた紙は、粗末でもあたかさをもったやさしい作りだ。きっと手作りであろうと陰陽師は鶴にして空に返した。
文字数 890文字(ルビを含む)