ご免侍 五章 狸の恩返し(十話/二十五話)
あらすじ
ご免侍の一馬は、琴音を助ける。大烏城に連れてゆく約束をする。琴音を狙う四天王の一人は倒したが……
十
「一馬か、この仏を見てくれ」
番屋に一馬と岡っ引きのドブ板平助が到着すると同心の伊藤伝八は難しい顔をする。むしろにおおわれた死体が、番屋の地面に戸板の上で寝かされていた。一馬が伝八にいろいろと聞いている。
「名は判ってるのか」
「船大工の棟梁、中沢惣兵衛」
一馬がむしろをはいでみると、顔の部分が大きく損傷していた。
「これはひどいな」
「大きく裂けている」
「火傷ですかね」
平助も横から覗くと、破壊されたように黒く焼けただれていた。あまりのひどさに、さっき食べた飯を戻しそうになる。
「これは、拷問で責められた……後ですかね」
平助も仏の手足を調べるが、手足はきれいなままだった。責めるならば、まずは手足が先だ。いきなり顔を焼いたりはしない。
「いやこれは火矢かもしれない、破裂する火薬を仕込んでいたのだろう」
「なんでそんな殺し方をしたんだ……」
一馬が船大工の顔を丹念に見ている、平助はもう正視できない。横を向くとふらふらと土間の畳の上で休む。
「船大工は、顔の傷で死んだのか」
「いや手裏剣で胸を刺されている、その後で腹も刺されている」
同心の伊藤伝八は、まるでわけがわからないと一馬に相談する。一馬は、仏から遺留物の煙草入れなどをもらうと、調べるのは明日にした。
「平助、この煙草入れから店を見つけられるか」
「わかりやした」
豪華な煙草入れは、大工の棟梁でも持てないような贅沢な細工がしてある。
(こんな細工ができるのは江戸でも数少ない……)
平助が一馬と別れると家に戻る。女房のお勝は住み込みだからしばらく家は空だ。一人身がさびしく感じる。長屋に戻って、障子を開けてもまっくらだ。手探りで、布団を出して眠った。
起きるともう陽が高かった。
(昼四ツくらいか……)
寝過ぎた事に反省しながら支度をしていると、長屋の引き戸の障子が開く。立っていたのは、露命月華だ。きつい眼をした芸者は、まるで嘘ならば殺すと言わんばかりの殺意をむき出しにして問いただす。
「一馬は、どこ」