ご免侍 二章 月と蝙蝠(十七話/三十話)
あらすじ
銀色の蝙蝠が江戸の町にあらわれる。岡っ引き達が襲われていた。芸者のお月が一馬に傷を負わせる。
一龍斎が船宿に入ると女中が案内をする。もう陽がくれかけているのか、廊下は薄暗いままだ。まだ残暑で蒸し暑いが二階に上がると川風も入り肌寒く感じる。
「ひさしぶりだな」
「一馬はどうした」
「襲われた」
「相手は判るのか」
「わからんよ」
手ぬぐいを出すと、一龍斎は首の汗をぬぐいながら空いた手で木片を指でぶらさげて相手に見せた。
「これがお役目か」
「そうだ、探してくれ」
目だけぎょろぎょろとしている頭巾をかぶった男は天狼、隠密頭として藤原家を監視している。真向かいに座っているのは、一馬の祖父の藤原一龍斎で、もう髪の毛が少ないのか鬟が薄く小さい。白髪も多く見た目は隠居老人にしか見えない。
一龍斎が手に持っている木片には、娘を探すように指示が書かれている。
「水野家から逃げたのか」
「手引きした老人と逃げたらしい」
「裏切りでもしたのか」
「大烏城に行くつもりだ」
「うーむ、面倒な事に巻き込まれそうじゃな」
「まずは身柄を確保したい」
「判った、探してみる」
一龍斎は、にやりとすると片手を出す。
「餅をくれ餅」
「わかっておる」
天狼は、懐から紫の包みを見せると二十五両ずつの小判の包みを二つ取り出す。
「一馬の前回の仕掛けの金と、今回の調べのための金だ」
「よし、わしがあずかる」
膝を進めて小判を受け取ると懐にしまった。そのまま立ち上がると部屋を出て行こうとした。
「おい、大事な娘だ」
「わかっておる、心配するな」
天狼が釘を刺すように頼むが、一龍斎は飄々として部屋を出る。
(大烏城……幻の城だったな)
一龍斎の顔は硬く冷たくなる。
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