SS 冬の校庭【北風と】シロクマ文芸部参加作品
北風と白い雪景色の校庭でぼんやりと立っている彼が不思議そうな顔で私を見ていた。
「ぼくが好きなの」
「うん」
「ありがとう」
「お礼なんて」
「こんなぼくでも好きと言ってくれる」
「好き」
「ありがとう、こんなぼくを好きと……」
北風が吹いて彼の姿をゆらめかせると消えてしまう。
「本当に好き、好きだったの」
どこか遠くで感謝の言葉が聞こえた。彼が死んでから北風が吹く頃に校庭に立つと逢いにきてくれた。手を空にかざすと暖かい太陽を感じる。シワのある手は自分が老婆なのを思い知らされる。
「もういくよ」
「……はい」
老いた夫婦が廃校の校庭から歩き去る。ずっと昔に戦争で亡くなった許嫁に逢いに来る事を許してくれるやさしい夫。感謝しきれない幸せな生活だった。
「もう……いいよね、ありがとう」
夫が崩れるように倒れる妻を必死に支える、どこか遠くでサイレンの音が聞こえた。切迫したサイレンは、昔の空襲警報のように……
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