SS なつかしい玩具【#懐かしい】#シロクマ文芸部参加作品
懐かしい……と感じて地面からベーゴマを拾う。黒い三角形の鉄のコマは、友達とよく遊んだ玩具。仲良しだった友達の一人一人の顔を思いだす。
(みんな……どこで暮らしているのか……)
しばらく歩くと、おはじきも落ちている。キラキラしたガラスの塊もなつかしい。妹とつきあいで遊んだ事もあったがルールがよくわからなかった。
(妹は……もう……)
だいぶ前に亡くなった妹は、幸せなのかもしれない。老いた手にベーゴマとおはじきを握りしめる。
南海トラフの震源域で発生した大地震と津波で西日本は壊滅する。関東も影響を受けて、連動して噴火した富士山の降灰で首都圏は麻痺し大混乱が起きる。
避難所は阿鼻叫喚のありさまで食料も足りない、老人は追い出された。
そして、九州の阿蘇カルデラ大爆発により、伊豆より西は人が住めない土地に変わる。九州は火の海に飲み込まれていた。老人はゆっくりと西に向かって歩く。
「ゆうやけ、こやけの赤とんぼ……」
灰で喉が焼ける。もう長くは生きられない。手を開くと、鉄の黒く焦げた鋲と溶けて固まった窓ガラスの破片があるだけだ。目前にある富士山は、禍々しい噴煙をあげながら、氷河期の訪れを予兆していた。
「まるで空襲の後のような……」
崩れ落ちる老人は地面に横たわる。その上に火山灰がふりそそぐ。何千年あとに彼を掘り出す人類は残っているのか、誰も知らない。
※写真はAC無料写真からダウンロードさせていただきました。
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