怪談 黒壺尼僧黄金ノ巻 【#金色に】#シロクマ文芸部参加作品
金色に染まる小判を見ながら、お染は震えている。
「どうしよう……」
道ばたで十両を拾ったら打ち首。江戸の治安が悪くなり、徹底的な厳罰主義に変わる。これを届けても詮議で拷問されるかもしれない。落とし主が『盗まれた』と訴えるかもしれない。
(恐い、どこかに捨ててしまおう)
お染は、茶屋に立ち寄っただけで、ふと足下を見ると、紙入れが落ちていた。魔が差した。安そうな紙入れなのでろくに金が入ってないと思って拾って帰った。長屋に戻り、狭い四畳半で紙入れを開けて見ると、五十両の包みが二個ある。
(百両……言い訳ができない)
逃げる事もできるが遠くまでは無理だ。女は江戸から出るのが難しい。お染は深い森の奥にある沼に、捨てる事にした。
(ここに落とせば……)
ぼちゃ、ぼちゃ。小判を投げ捨てると肩が軽くなる。顔をあげると池の上に女が立っていた。青白い死人の顔が暗く笑う、女は幽霊だ。
「この小判を捨てたのは、お前かい……」
「いいえ、違います」
「正直者には、褒美をあげよう」
幽霊が差し出したのは黒い小さな壺だ。もらわないと祟りがあるかもしれない、お染は、壺を受け取ると急いで逃げ帰った。なんの壺かは判らないが、中を見てもまっくらだ。手を入れてみると小さな壺なのに腕がまるごと入る。手探りをしていると丸い銭に触れた。
(これは、銭の壺)
褒美の壺は、無限に銭をつかみ取れた。
しばらくは怖がって使わなかったが、ある時を境に贅沢をはじめた。長屋を出て家を買ってうまいものを食べる。そして男を囲った。役者のような顔の男は、しばらくはお染に従ったが、銭の出所を見つけると壺を奪う。
「返しておくれ」
「うるせぇ」
お染を足蹴にすると、壺に自分の手を入れる。ずぶずぶっと手が入る。ずぶずぶっと肩が入る、ずぶずぶっと体が入る、絶叫する男は、そのまま骨を砕かれて壺に飲み込まれた。
お染は、そのありさまをみて尼僧になり、壺は沼に返したと言われる。