SS 204の後藤さん【#忙しいのにアンニュイ】#青ブラ文学部(650文字くらい)
ナースコールが響く。判っている204の後藤さんだ。看護師長が私を呼び寄せる。
「ちょっと見てきて」
「はい」
後藤さんは大脳ガンで長くは生きられない。化学療法も効かないので半身不随のままナースコールを押している。だから用があるわけじゃない。
「後藤さん、どうしました」
「あああ、痛むんだよ、痛みを消してくれよ」
痩せ細った腕で頭を押さえている。今日は意識があるみたいだ。
「じゃあ鎮痛剤を追加しますね」
「頭が痛いんだよ……」
点滴に鎮痛剤を入れるフリをする。もうこれ以上は入れられない限界だ。ナースセンターに戻ると看護師長が薄ら笑いで待っていた。
「どうだった?」
「はい、痛むと言ってました」
「もう薬は、入れる事はできないわね」
「痛みがひどそうです」
「この仕事はね、忙しいのにアンニュイになるのよ、相手は病人だからね」
病人、その言葉に何か差別的な意味すら感じられた。病人だから病気になったヤツが悪いとでも言うような……いけない私も憂鬱になっている。後藤さんは、しばらくして亡くなった。脳がすべてガンに置き換わっていた。
「後藤さんを霊安室に」
「はい」
地下の霊安室に後藤さんを運ぶ、ずっと痛がっていた彼がかわいそうだった。
「もう痛まないんだよ」
「え?」
「脳が全部ガンだからね、全然イタクナイヨ……」
霊安室の前で、後藤さんは起き上がる。嬉しそうに笑っている。後藤さんは、ストレッチャーから降りて走り出して病院から居なくなった。そんな不思議な体験をした後は、私は二度と憂鬱にならない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?