ご免侍 五章 狸の恩返し(十二話/二十五話)
あらすじ
ご免侍の一馬は、琴音を助ける。大烏城に連れてゆく約束をした。岡っ引きのドブ板平助は、蝮和尚から、一馬を殺せと命じられたが、平助は悩みながらも女房の事を心配する。
十二
(船大工を凝った方法で……殺す理由……)
顔を焼かれて、手裏剣で刺されて、腹を刀で切られた。船大工を、そんな面倒な方法で殺すだろうか。だいたい死体の身元がすぐばれる時点で、まるでザルのような仕事だ。
(まるでわからねぇ……)
気がつくと肩を指で叩かれている。月華だ。小声で聞こえないように
「なんか変な坊さんが、あとをつけてるよ……」
坊主……蝮和尚だろうか。投げ込み寺の住職かと思ったが、裏で一馬を殺せと命令した忍者だ。月華も忍者だから警戒している。
(俺に用事でもあるのか……もう一馬を殺す算段ができたのか)
そう考えると一馬が武家屋敷に戻らない事が気になる。まさか殺されたのか。
「何どうしたの、借金でもこさえてるの」
「別に、どんな坊主なんだ」
「薄汚れた袈裟を来た年寄りさ」
どうするか迷うが、今は月華を納得させないといけない。会うわけにはいかない。
「まぁ用事があるなら声をかけるだろ」
「……」
疑わしそうに見られているのは平助にも判る。さっさと用事をすませようと、お仙の店に入る。
「ごめんよ、お仙さんはいるかね」
「なんだい」
すっと板場から顔を出すお仙は、歳は三十後半だがすこぶる良い女だ。見ているだけでむずむずするような、誘われるような魅力がある。この世に菩薩がいるならば、お仙のような女かもしれない。それだけ神仏のように相手を虜にする。
「一馬様は、おりますか」
「居ないね、探しているのかい」
「昨夜、武家屋敷に戻らなかったようで……」
「一馬がどうした」
二階から声がすると藤原左衛門が、降りてくる。立派な侍姿は登城するような身なりだ。体格もよく肩の筋肉の盛り上がりが着物の上からでも判るくらいに鍛えられている。
「こ……これは、左衛門様」
平助は今にも土下座しそうな勢いで頭を下げた。