SS 冬の夜 #シロクマ文芸部参加作品
冬の夜に猫をなでているとたまに話をする。決まって夜で、理由があるのかないのかわからない。寒いので座布団を敷いてこじんまりとした手火鉢で暖をとっていると、黒猫がよっこいしょとばかりに、ももの上に乗ってくる。
「おぬしも嫁をもらえ」
子猫もらうように簡単にいうが、もらえるものならもらいたい。あいにくそんな知り合いもいない。
「嫁か、いいひびきだ」
黒猫は眼だけでこちらを見るとひとつあくびをして、むにゃむにやと言葉を続けた。
「六丁目の横道」
黒猫は、それだけ言うとスフィンクスのように、かしこまってももの重しになる。重いが暖かいから我慢した。翌朝といっても昼近いが、起き上がり珈琲屋でモーニングを食べようと外に出ると黒猫のつぶやきを思いだす。
(六丁目……喫茶店があるな)
そういえば新装開店の真新しい店をあったので見たくなり好奇心も含めておとずれることにしたが、肝心の店がない。
(おかしいな? このあたりだったような)
表通りではなく裏通りの店だろうと記憶をたよりに六丁目の横道に入ると、自分が猫になる。
(うん? 俺は猫なのか)
猫になっても自分は自分なので気にならないので、ぶらぶらと横道を歩いていると喫茶店が見える。いや喫茶店みたいに見える。戸なくて壁に穴が空いているだけだが、猫なら通れるので中に入ると真っ暗だ。
(暗いな)
さっそく猫の武器である瞳孔をまんまるに調整すると明るくなる。瞳孔が広がればそれだけ光が集まるので、ごく自然な事だが、人である自分にはものめずらしく感じた。
うろうろとしていると光が見えて縁の下から玄関に出られたのでひょいっと、外にでると体をやさしく包むように抱きかかえられる。
「どこから来たのかしら? 三毛猫ちゃん」
妙齢の婦人は猫が好きなのか、やたらとサービスをしてくれるのでうっとりとなすがままに愛撫を受けた。その日はそのまま彼女の部屋で眠る。
「起きて、起きて」
ぐいぐいとゆすられるともう朝なのかスズメが鳴いていて、体をグイーと伸ばして彼女を見ると困惑しているような恥ずかしげな表情だ。
「どうしました?」
「あなた、どこから部屋に入ったの?」
「あなたが、私を抱いてベッドに入りましたよ」
気がつくと自分は裸で彼女のベッドの上にいる。なるほど朝になると魔法がとけるのだろうかと悠長に考えたが、下手すると痴漢あついされて官憲のお世話になる。いささかあわてて
「もうしわけないが、着る服はありませんか」
「そんな……まってて」
彼女は、どこからか服を持ってくるとやさしく着せてくれた。その後は、まぁそんな具合で彼女とは良いつきあいをしている。黒猫は、その後は特に何もいわないが、たまに恩着せがましく、ももの上に何時間も寝たままなので足がしびれて困る。
ちなみに服と財布は警察に届けられていた。きっと不審に思えたのだろう。