見出し画像

怪談 川船【忘年怪異】#毎週ショートショートnoteの応募用

 江戸の頃に川船で遊郭ゆうかくに行くことが多かったが、さすがに冬となると寒く人も減り、船頭が暇を持てあましている。

「ごめんよ」
「へい、いらっしゃい」

 船屋に入ってきた男は、見れば身なりは立派だが老いた侍。

「吉原まで」
「お待ちください」

 船頭が立ち上がると侍を船に案内する。ちらちらと小雪も降り始めるので、川船には小さな火鉢ひばちを置いた。

「だんな、さむいでしょう。あたってください」
「ああ、ぬくいの」

 船をこぎ出すとすぐに雪も強くなり先がかすみはじめた。

「だんな、いそぎます」
「ああ、いそいでくれ」
「いい娘がいますか」
身請みうけするんだ」
「それは、ようございました」

 老いた侍が吉原の女に金を使って助け出す。美談かもしれない、だが本当にそんなことがあるのか 女が騙しているのでは と心配になる。

「いい女ですか」
「ああ、とてもいい女だ。……私の娘だ」
「あなたの娘……」
「金が必要でな、娘を売って工面した。やっと助け出せる」
「……それは、ようございました」
「もう三十年も前の事だ……」
「……それは、もう……」

 船のをとめる、侍の姿は無かった。落ちる音もしないので探しようがないから、船を戻して仲間に話すと長く働いている船頭仲間が『忘年怪異』だと教えてくれる。

「父親が金を持って吉原の店に行く途中でな、船頭から娘は死んだ事を知ったんだ。そして川に身を投げた」
「それで出るのか」
「こんな雪の日にな」

 もう屋根かわらには雪がつもり真っ白になっている。その侍がなんのために金が必要だったかは、誰も知らない。

#毎週ショートショートnote
#忘年怪異
#怪談

いいなと思ったら応援しよう!