SS 夜の廊下 【花火と手】#シロクマ文芸部
花火と手蜀をもって廊下を歩く。花火を夜店で買ってきたが、夕飯を食べて少しばかり寝てしまうともう夜中だ。家人には気づかれぬように音をたてずに進む。
(女中のサトも寝てるかな)
子供一人で花火をするのは怒られると思い、サトに頼もうと女中部屋に見ると誰もいない。布団はもぬけの空で厠かもしれない。明日にすればいいのに、どうしても花火を見たくてたまらない。
手蜀のロウソクには火はつけておらず、暗い廊下を忍び足で歩むのは、いけない事をしている楽しさがある。だがおかしい、進んでも進んでも廊下が終わらない。ゆっくり歩いたとしても数分で廊下が終わる筈だ。
(迷った?)
自分の家で迷うなんて事はない。両側に障子がずらりと並び、廊下の先が見えない。怖いと言うよりも不思議な感じで好奇心が先にある。ためしに右側の障子を開けてみる。何もないがらんとした畳の部屋だ。
反対側を開けても同じだ。
(ここは僕の家?)
学校で「不思議の国のアリス」を読んだ事がある。図書室に置いてあった童話は、和服を着た少女が兎につれられて奇妙な世界を旅する話だ。
「なにをしておる」
後ろから声がするので驚いてふりむくと、おかっぱの少女が立っていた。
「あの……花火したくて」
「外は夏か、どれ渡せ」
おずおずと花火を渡すと少女は花火を口の中に入れると飲み込んでしまう。
「おいしいの?」
「おいしいぞ」
顔を近づけると口を大きく開けて喉の奥を見せる。遠くで花火が光って見えた。赤、緑、青い光がパチパチとはぜる。
「きれいだね」
「きれいだな」
そのまま少女の口から飲み込まれると、廊下にはもう誰もいない。手蜀だけが、ぽつんと廊下に置いてある。
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「ぼっちゃん、ぼっちゃん」
「なんだい、さとか」
「さとか、じゃないですよ、どこで寝てるんです」
いつのまにか、さとの布団の中で寝ていた。女中の胸に顔をうずめるように眠っていた。家の者は夢を見ていたのだろうと笑うが手蜀が一つだけ家から消えている。
今でもありありと思い出せる、無限に続く廊下と不思議な少女の姿を思うと腰のあたりがむずむずとした。たまに実家に帰り夜中に廊下を歩くが少女と出会う事は一度たりとも無い。彼女はまた花火を見せてくれるだろうか。
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