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怪談 ひなまつり 【三月に】シロクマ文芸部参加作品
三月になると暗い記憶がよみがえり、いつも私に痛みを与えた。
(おひな様は、あのままかな……)
小学生くらいだろうか? 友達のおひな様を壊してしまった事があった。自分の家は貧しくて、ひな壇を飾るように部屋もなく、友達の家に呼ばれて衝撃をうけた。とてもきれいなおひな様と豪華な段飾り。
「きれいでしょ? 母も使っていたの」
「そう……なんだ」
友達が自慢したい気持ちもわかる。そして憎しみも感じた。私が所有することができない人形たちが、とてもとても嫌い。
しばらく友達と甘酒を飲んだり、お菓子を食べたりしたあとでトイレに行く。そっとひな壇に近寄って、お内裏様の首をひねった。すこしだけ、でも動かせば首が落ちそう。
その時に視線を感じた気がした、おひな様がこちらを見ている気がした。もちろん首なんて動かない、でも横目でにらんでいたような気がする。
(こわい……)
あわてて友達のいる場所に逃げた記憶がある。
「あれから、どうしたっけ?」
あの後、友達のおひな様を見る事はなかったし、家に呼ばれる事もなかった。私が壊した事がばれているのか? とも考えたが、友達とは学校でも普通に接していた。立派でも古い品物なので、壊れても不審には思われなかったのか? でもずっと記憶に残っている。おひな様がにらんだ事を……
「あら、ひさしぶり」
「え! ……ひさしぶり」
目の前に十数年ぶりに会う友達がいた。化粧っ気もなく、なにかやつれたような彼女は、薄く笑っていた。
「ねぇ、家に来ない?」
「……うん」
彼女は不幸そうに見えた。立派なひな祭りができる家の子なのに、幸薄い感じで、私はいつしか優越感をおぼえる。
「私、ニートになったの」
「そう……なんだ」
「あの日から、生きてるのがつらくて」
「……あの日?」
「あなたとひな祭りを祝った日から」
彼女の家の前まで来ていた、ずっと先を歩いていた彼女がふりかえる。古風な長い髪の毛と白く塗られた顔。
「わたしの旦那様を殺した日からずっと」
声もでない、そのまま道にしゃがみこんだ。無限の時間のようにも感じたが、誰かが私の肩をゆすっている。
「どうしたの? 大丈夫? あらあなたは……」
友達の母親だった。家にまねき入れられると真相を知ることになる。友達は大事な人形が壊れた事を、いつまでもいつまでも気にして、いつしか引きこもり、そのまま痩せ細って死んでいた。胸にお内裏様を抱いていた。
「まるで恋人が死んだみたいに、気にしていたのよ」
友達の母親も薄く笑う。背後に人の気配がする。はっとふりかえると、首が折れたように曲がった男が立っていた。
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