SS 遊戯【缶蹴り恋愛逃走中】#毎週ショートショートnoteの応募用
缶を蹴る、簡単な動作なのに体が固まる。
「蹴らないの?」
「蹴るさ」
蹴る先は深い井戸だ、もう誰も使っていない井戸に缶を蹴って落とすだけ。彼女は冷徹な眼で俺を見ている。外せば終わりだ。
「好きなんでしょ?」
「ああ、好きだ」
「好きなら、はずさないよね?」
「はずさないさ」
たった二メートルの距離だ、それでも正確に穴に向かって蹴れるのか微妙な距離。
「いきなり告白されて、驚いた」
「好きなんだ」
「こんな、私でも好きなんだ」
「好きだ、死んでもいい」
ずっと昔、彼女を見た時に心臓が熱くなる。熱をおびたように広がる波は自分を幸せにした。彼女と一緒にいたい、どんな形であっても。缶を蹴ろうと足を少しだけ後ろに下げる。絶対に外さない、絶対に穴に落とす。缶を蹴る一秒にも満たない、その瞬間に彼女が缶を蹴り飛ばす!
「え?」
「まだだめよ、うふふふふ」
彼女は走って逃げていく、なんてずるい。缶蹴り恋愛逃走中の幽霊の少女を追いかける男の子の幽霊が暗い森の中で楽しげに遊んでいる。二人の亡きがらは、井戸の底……
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