SS 約束【#雨の七夕】#青ブラ文学部参加作品(1400文字くらい)
川が増水したのか水が濁っている。思妤は、ものうげに川面を見つめる。雨の七夕は、湿気も多く憂鬱に感じた。
「思妤、することがないなら針仕事でもしな」
「あぃよ」
ごうつく婆は、遊郭の女が暇そうにしているのが許せない。渭水の対岸は長安で、船で遊びに来る客が多く繁盛していた。
(あいつ来るって言ったのに……)
星宇は、思妤のなじみの客で、牛の売り買いで財をなしていた。若く聡明な彼は、彼女を見受けをすると誓いを立てた。
(嘘の約束なんてしなくても、金もってくれば……)
ぶつぶつと文句を言いながらも、年下の星宇が本気で妻にむかえてくれるのか半信半疑だ。なにしろ顔も細面ですこぶる美男子。妻になりたい若い娘はいくらでもいる。
ため息が重い、何回も騙されてきた。いや違う。気が変わるのだ、遊女を妻にむかえる本当の意味を理解する。私たちは男の心と体を癒やすだけの存在だ。
「思妤様、星宇様がお見えになりました」
遊女見習いの童女が客の来訪をつげた。うれしさで飛び上がりそうになる。
(こんな天気の悪い日に来てくれた……)
にんまりと笑いそうになるのを我慢する。川を眺めるふりをして待っていると星宇の気配がした。
「すまない、遅れた」
「別に、かまわないよ」
そっと肩に触れられると冷たい。その手を握り返して温めた。
「なんだい、こんなに冷えて」
「寒い」
「ならこの布を巻いて」
手作りの首巻きをクルクルと首にまきつける。星宇が、悲しげに笑っている。
「どうしたんだい」
「すまない、約束を忘れてくれ」
腹につめたい水をいれたように、体が重く冷える。
「かまわないよ、遊女との約束なんて、軽いもんさ」
「違うんだ」
「何が違うの!」
ぐっとこらえるが涙が流れる。星宇が、ほほの涙を指ですくう。
「この庭先にある梅の根元を掘ってくれ、箱がある……」
「なにそれ」
体をだきすくめられると暗く冷たい体が、じわりじわりと暖かくなる。
xxx
「おはようございます、お寝坊ですね、思妤様」
「ああ……朝かい」
手を触れるともう寝床は冷たい。朝に星宇は、船に乗って長安に戻ったのかと思う。童女を呼んで、男達に梅の木の下を掘らせるように頼むと、朝のかゆを食べた。
「大変です、大変です、金が出ました!」
「さわがしいね、え? 金?」
見れば馬蹄金が十数個も見つかる。手切れ金にしては多いが、彼なりの愛の形だろう。
「思妤、悪い知らせだよ」
ごうつく婆が部屋に入ってくると星宇が船の事故で死んだという。
「……そんな朝までいたのに」
「朝まで? 昨日の昼に船が流されたと聞いたよ」
星宇の死体には首巻きがまかれていたと、後から聞いた。自分の巻いた布だろうか……
今は渭水の近くで家を建てて住んでいる、童女も身請けして、今は女中だ。その童女が客の来訪をつげる。
「思妤様、星宇様がまた、お見えになりました」
「ああ、待っていたよ……」
毎年、命日には……七夕の日には、彼は愛してくれる。