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ご免侍 一章 赤地蔵(五話/三十話)
百目蝋燭がゆらゆらと揺れる、そこだけ明るいが、部屋全体は闇の中で頭巾をかぶった侍が畳に座っている。
「この男を斬れ」
一馬は夏なのに暑くないのかと不要な事を考える。頭巾の男は老齢なのか目は老いていた。だが老いた分だけ、感情が読めない。威圧とも違う厳しい目は有無を言わせない強制力がある。
木片が畳の上をすべるように一馬の膝先まで来る。木片を手に取ってながめる。手の平くらいの木片に絵馬のように紐が結んである。板には相手の名前が書かれていた。
(小松家の三男 由次郎)
藤原一馬は、木片を裏返して見るが何も書かれていない。急ぎではないようだ。
「承知しました」
目の前に居る頭巾の侍の素性は、天狼という名前しか知らない。藤原家の目付として命を下す役割だ。素顔は判らないし、本来の名前も知らない。成敗する理由は様々で細かい事を知っても意味がない。あくまでも命令でしかない。拒否する理由もない。
頭を下げて部屋を出る。船宿を出る頃には日が暮れていた。小腹が空いたので飯屋を探す。
「いそがしいな、医者から始末するかな……」
一馬からすれば暗殺は仕事でしかない、後ろめたさも後悔も無い。この頃の仏教では殺生が禁止されていたが、人は魚も食うし鳥も食う。他の獣も同じだ。殺して肉を食うのだから、お釈迦様がダメと言っても仕方が無い、自然の摂理だ。
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