SS 鏡台 【#月の色】#シロクマ文芸部参加作品
月の色は真綿のように白く見えた、大きな鏡台を庭に置いて月を映す、そして鏡を見つめる。
「何が見えるんだろう……」
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美咲は、大学生の夏休みを利用して祖母が住む鎌倉の古民家に滞在している。大きな鏡台はそこにあった。古民家は、海を見渡す高台に建っており、夜になると窓の外には満月が大きく見えた。その鏡は昭和の初期くらいの古いもので、美咲はとても欲しくて、祖母から鏡台の由来を聞いてみた。
「これかい、古くて歪んでるよ」
「私が見た時はきれいだったけど……」
「これは、江戸の頃からの鏡なんだよ」
「そうなの?」
「水銀で映しているのさ」
「水銀って毒だよね」
「昔のものだからね」
祖母は鏡を忌むものとして扱っていた。有毒だからではない、たまに変なものが映る。
「変なもの?」
「そうだね、人影だったり、顔がのぞいた事もあった」
「恐い、怪談じゃないの」
「眼の錯覚だよ、歪んでいるから鏡の端に恐いものが見える」
美咲は、好奇心から鏡をよく見るようになったが、普通の鏡と変わらない。確かに歪みはあるので、背景に映った物体が顔のように見えるかなと思う。
(欲しいな、でもおばあちゃんは、私にくれなさそう)
鏡台は、古い化粧台の上に置いてある。その化粧台は、祖母も使わないため誰も手を触れてないようだ。化粧台の引き出しを開けて見ると古い手帳が入っていた。
(誰のだろう?)
手帳を開けると古い漢字で『昭和三年某月某日』と書かれていた。祖母のお母さんか高祖母になるかもしれない。
旧字体なので苦労しながら読んでみると「月影に映してはいけない」と書かれていた。美咲の祖先が書き記した、月の色の変化と怪奇現象の関係が詳細に記されていた。日記によると、月の色が赤く染まる夜には、怨念が甦り、白い夜には、生霊が現れるという。
(お化けが見える鏡?)
本当なら動画サイトに出せばバズるかもしれない。早速カメラを購入して深夜に生配信を計画した。
古民家の庭は、人影もない高台にある。祖母も眠り深夜を回った頃に、配信を開始した。カメラに手をふり手帳を見せて説明する、そして鏡を月に向けて顔を近づけた。
自分が映っている、ちょっと不機嫌そうな顔は、急に破顔すると大きく口を開けて笑う。
(え? 私は笑ってない……)
不意に音が聞こえなくなる。無音の世界で美咲は呆然としていると、鏡の向こうの美咲は、カメラに近づくとスイッチを切った。
(あんた誰!)
声は届かない。
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「あら、美咲、早いのね」
「ええ、おばあさま、外の世界はとても気持ちがいいですね」
あの鏡台の中で、真夜中の世界で、今も美咲は、届かぬ声で叫んでいる。
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