見出し画像

SS 街クジラ #シロクマ文芸部

 街クジラの前に立つと、子供の頃を思いだす。ラムネのビー玉が欲しい。子供の頃にそんな事を考えてもびんは割らなかった。ラムネのびんの完成度の高さに、壊すのが惜しくて出来なかった。

「ビー玉を見ていると懐かしくなるんだ」
 興味なさそうに彼女は下着をつける。古い倉庫のような高校の視聴覚準備室で彼女のうなじを見ていると白いイルカを思いだす。

「ねぇ、たまにはデートしよ」
 一つ年上の彼女から甘えるように水族館に行こうと誘われた。クジラのような水族館は、もう古ぼけて訪れる人も少ない。

「子供の頃はね、街にクジラが居るってすっごい楽しみにしてた」
 ひなびた土地にある水族館は、この付近では唯一の娯楽施設だ。観光客も多かった。でも動物のショーは虐待と感じるようになり人も減る。

「来年で閉館だから、街クジラには会えなくなるわね」
 そうだ、彼女とこの水族館でラムネを飲んだ。真夏のとても暑い日に飲むラムネの炭酸はとても心地よかった。

「実はね、妊娠したみたい……」
 そんな予感がしていた、年上の彼女は笑いながら子供を降ろすと言う、お金を少しだけ出してくれと言う。自分は青いビー玉はとても貴重で取り出せなかった。

「働くよ」
「育てられるわけないじゃん」
 年下の自分が養えるわけがない。貴重なビー玉は手に入らない。頬に涙が流れ落ちると彼女はやさしく指でぬぐってくれた。あれからラムネは飲んでない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?