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SS 掏摸【壁を愛すスリ】#毎週ショートショートnoteの応募用
掏摸の壁役は相手の注意をそらすのが目的で大体は女の場合が多い。見た目が良ければ女を見るし、その隙をついて抜く。相手は侍だったが女房の顔をちらりと見た一瞬で仕事ができた。
「どうだい」
「重いな」
紙入れを女房に見せると薄く笑うが本心じゃない。女房は浮気をしていた。相手は同じ掏摸仲間の若い衆で女房もまだまだ若いが一回りも年下の男にのぼせあがっている。
「帰りに蕎麦でも食うか」
「いや、ちょっと用事があるんだよ」
嬉しそうな横顔を見ながら俺は手をふって長屋に戻ることにした。今頃は若い衆と逢瀬でもしているかと思うが嫉妬はない。大事な仕事の仲間と思っているので自由にさせている。それは信頼なのか、それとも……
「あんたと別れるよ」
「そうか」
「驚かないんだ」
「ああ、お前はいい壁役だった」
女房は少しだけ未練があるような顔をするがふっきれたように俺の腕をとる、はたから見れば仲の良い夫婦だ。
「すったのはおまえらか」
侍が立っている、女房の顔は覚えられていた。侍が刀を抜くと同時に女房は背を向けて俺を守るが袈裟懸けで肩から斜めに刀で斬られる。俺は剃刀を手に取り、迅速の技で侍の首を切り裂いた。
「あんた……」
女房は一言だけいうとあの世に旅立つ。俺は壁を愛すスリだ。壁は俺を守って……