ご免侍 十章 決戦の島(十六話/二十五話)
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あらすじ
ご免侍の一馬は、妹の琴音を助けるために鬼ヶ島を目指す。父と母は敵として一馬の前に立ちふさがる。しかし船出をしたすぐに、散華衆のもう一隻の鉄甲船が、襲いかかる。船は沈み助けられたが、敵に捕らえられた。母から琴音を助けるように言われた一馬だが、船にたどりつくと、父親の藤原左衛門が立っていた。
十六
桜と出会ったのは山奥の湯治場だった。山賊を退治した帰りに教えられた。
「あの山のふもとの場で体を休めてください、刀鍛治もいますので研ぎもできます」
「ありがとう」
山賊を何人も切り捨てた。ひたすら幕府の命令で悪党を殺してきた、自分が正しい行いをしているとは思っていない。修羅の道を歩むのは、ご免侍としての責務でしかない。
「すまぬが研ぎはできるか」
鍛冶場に現れた娘はとても山奥にいるような女ではなかった。美しく透き通った肌とやわらかな相貌は京の公家にいるような上品さを感じる。
「できますよ、父様を呼んできます」
「まってくれ、私と夫婦になってくれ」
目を丸くして自分を見る。目を伏せるとそっとつぶやく。
「夫を持つ事を考えていません」
「なぜだ」
「私は贄になる運命です」
「贄だと……なんの理由で」
「海を鎮めるためです」
それだけ言うと奥に消えた。自分でもなぜ妻にしたいのか判らない、ただ娘は見て激しく心が動いた。助けねばと強く強く願う。それはまるで神を求めるような強い衝動に感じる。
「なんだ図体がでかい侍だな、刀を出せ」
「よろしくお願いいたします」
大太刀は、四尺(百二十センチ)ある業物だ。老人は刃を一目見るなり眉をしかめた。
「因業な仕事をしているな」
「幕府からの命です」
「ふん、徳川家が永遠に続くわけでもない」
「……」
囲炉裏に案内されて板床に座る、さきほどの娘が茶を持ってきた。
「こんな山奥なので、なにもありません」
「名を教えてくれぬか」
「……桜です」
「藤原左衛門と申します」
「左衛門様は、許嫁はおりませんか」
「そのようなもの、おりません」
「あなた様のように立派でお強い方ならば、いくらでも縁談はあると思えますが」
「そのような事を考えませんでした……」