SS 走れ裕也! 【走らない】 #シロクマ文芸部
走らないのが正しいと教えられた。
「走らないでね」
先生が注意する、ぶつかると危ないから裕也は走らない。人よりも先に歩きたくない。
「お前は、もっと欲を見せろよ」
「でも、人とぶつかるのが怖いんです」
「あのなぁ、人生だって先に歩く奴が強いんだぞ」
担任から進路指導室で説教される。裕也は判らない、走らないでと言いながら走れと言う。自分はおとなしい男だ、だれよりも臆病で他人に頼りたい。
だから恋人も、おとなしい女を選んだ。
「裕也、ごめんなさい、別れたい」
「……俺の何が悪い」
「自分が傷つきたくないから、なんでも私にやらせる」
絶句した、俺に尽くしてくれると勘違いした。俺は受け取るばかりで、彼女に何も返してない。俺は衝突は嫌いだし、ケンカなんかしたくない。
「頼む別れたくない」
悩む彼女を必死に説得した。
「……わかったわ、裕也」
彼女は許してくれる、こんな男でも愛してくれる女がいる。俺はこの世界で最高に幸せな男だ。
「好きだ、愛している、結婚しよう」
「裕也、私も……」
うなずく彼女を抱きしめた。お互いの温かい心の流れを感じた瞬間、突然小刻みな横揺れが十秒ほどして、猛烈な縦揺れが来た。俺はとてつもない恐怖を感じる、抱いた女を突き飛ばすと走る。猛烈な勢いで走る。この疾走感は人生で初めてだ。
「逃げないと、避難所に、早く早く」
命こそ最優先、すべてを捨てて走り抜ける。ランナーズハイのように俺はどこまでも走る。避難している老婆を蹴飛ばし、子供を踏みつけて全力で走る。
「邪魔だ、どけ!!」
叫びならが最高の気分を味わう、なんで今まで走らなかったのか? 走れば他人を蹴散らして進めたのに、俺は馬鹿だ。
道を間違えたのか、いつのまにか海辺に到達すると巨大な津波が見えた。今から戻っても遅い。
「逃げないと……」
足が痙攣したように動かない、疲労で走れない足をひきずりならがもがくように、ゆっくりと走……る……