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落語 都々逸の夜 【想い出の歌】 #ボケ学会参加作品

「えへへえへへ」
「何を笑ってる」

 八さんが熊さんの長屋の部屋で、にやにやと気持ちが悪く笑っている。

「宿場に泊まったんだ」
「へー、それでどうした」
「そこの飯売女めしうりおんなと……」
「それは良かったな」
「歌をかわした」
「へ?」
「明日も来るよと 旅立つおとこ もどったためしが ありゃしない」
「そらまぁ旅は長いからな」
「俺は、ずっと泊まるから まってておくれ 熊のやろうに 金借りる」
「おい! 金なんぞねええぞ」
「貸してくれよ、いい女なんだよ」
「棒振りでなんでもして金つくれよ」
「じゃあ手伝ってくれ」

 そこは仲がいい二人なので、仕事を探して金をためて一緒に宿場に入る。

「ここだここ、ごめんよ」
「いらっしゃい、お二人様ですか?」
「ああ、二人だ」
「相部屋でよろしいですね」
「え? 他に部屋は空いてないのか」
「あいにく大人気で」

 しょうがない二人でさびれた宿屋で酒を飲んでいると、飯売女めしうりおんなが入ってきた。

「本当に来てくれたんだ、嬉しいよ」
「あったり前だ、じゃあ早速」
「わかったよ、歌だね」

 三味線を弾いて歌いはじめた。

「あの世までも 愛してくれと 言った男が 裏切った」

 陰々滅々とした歌を散々聞かされた熊さんと八さんは正座して、頭をたれてじっとしている。

「あら、どうしたの? 良い歌でしょ?」
「へい、一生忘れられない想い出の歌になりやした」

#ボケ学会
#想い出の歌
#落語

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