坊ちゃん賞習作用 鉄火の政 狐火の少女
「あんたが鉄火の政かい」
黒い色打掛の艶な女が長屋の戸に立っている。芸者にも見えるが博徒に、かこわれている女だろう。
「なんだい」
「人さがしさ」
「なんで俺なんだ」
「あんたは、侍だろうが無法者だろうが逃げないと聞いたよ」
神田の裏長屋あたりで有名な鉄火の政は、暴れると手がつけられない乱暴者で悪名高い。しかし、ただの無頼者とは違い頭が切れた。
「それで駄賃はいくらなんだ」
「駄賃ときたかい、日に五百文でどうだい」
江戸時代は、人に頼んで賃金を払うバイト感覚の仕事が多い。五百文は今だと一万円かそこらの金額になる。
「いいぜ、詳しく話せ」
「はるって子が神社で消えたんだよ」
お銀と名乗る女は、神社で行方不明になった少女の話を聞かせる。まだ十歳にもならない娘が、神隠しで居なくなる。みなが狐の祟りだと恐れていた。
「狐がさらったって話か」
「そこを調べて欲しいんだ」
「その娘とお前はどんな関係だ」
「……はるの母親と幼なじみなんだよ」
当時は岡っ引きに人捜しなんて頼めるわけもない。あいつらは銭をせびる事しか考えていない悪党だ。
政は、細い体で華奢に見えるが肉はついている。長い鉄の棒を腰に差すと長屋を出た。
「その棒はなんだい」
「打ち払いさ」
頼んでもないのにお銀は一緒についてきた。打ち払いは二尺(六十センチ)の鉄の棒で握りは刀と同じだが、刀身はただの鉄棒だ。少女が消えた神社に到着すると境内は荒れている。神社を守る狐の像は頭が欠けていた。
「誰もいないのか」
「悪い噂があってね、神主が女を連れ込んで殺したのさ」
小伝馬町に送られた神主は牢内で獄死したと噂がある。私刑で殺されたのだろう。確かに祟られそうな神社だったが、なぜ少女がそんな場所に来たのか……政は神社の敷地に入るが、お銀は境内には入らずに見まもる。
足を踏み入れる前から殺気を感じていた、石畳を踏みながら中程で止まると浪人者が拝殿の戸を開けて降りてくる。開口一番、政をどなりつけた。
「今更、仇討ちか」
浪人は、年の頃は五十で酒焼けの赤ら顔だ、不摂生のせいで太っている。鯉口を切った瞬間に政は打ち払いを抜いて半身のまま突いた。もちろん侍も刀を抜いたが、打ち払いの重さに負ける。みぞおちの上、活殺のツボに鉄の棒がめりこむと侍は声も出さずに悶絶して倒れる。
「それで、お前の気はすんだのか」
「死んだのかい」
「死んじゃいねえよ、ただもう寝たきりだな」
「……そうかい」
お銀が嘘をついているのはすぐ判る。子供が消えたとなれば騒ぎになるし、親も必死に探すだろう。祟りなんぞ気にするわけがない。
「はる……は、お前か」
「……ああそうだよ」
お銀は若い頃に、この神社で浪人者に乱暴された。
「家には体の悪いおっかさんしか居なくてね、誰にも言えなかった。おっかさんが死んだら、こいつに売られたのさ」
お銀は仇討ちをしたかった。ただそれだけだ。
「ん、じゃあ金くれ」
「騙したんだよ、怒らないのかい」
「別にどうでもいい、俺は頼まれた事をするだけだ」
浪人者は、博徒にやとわれていた用心棒で誰も手出しできなかった、しばらくして死んだと噂が流れた。
終わり