ご免侍 九章 届かぬ想い(十一話/二十五話)
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あらすじ
ご免侍の一馬の父が、散華衆の隠形鬼だと暴露された。一馬は、連れさられた琴音を助けられるのか。
十一
顔は水野琴音だが、服装は男だ。男装の琴音に見なれていた一馬は、すぐには別人とは気がつかない。
「琴音は……散華衆に拉致された」
「そうか……」
暗い寺のお堂には、大きな仏の立像がある。板敷きに座っている大烏元目は、少年にも少女にも見える。髷はゆっていないので、ざんばら髪のままだ。
大烏元目が、手で座るように仕草する。
「俺の名前は、藤原一馬、わけあって琴音と旅をしていた」
「それはご苦労であった」
大烏家は、代々イケニエの娘を海に沈める役目を負っていた。その理由は、安徳天皇の怨霊鎮慰のためだ。海をまもるために、祟りを恐れて海に人を沈める。それが残酷な事と判っていても恐怖は人を縛り付ける。海が荒れると、イケニエが足りないからだと言われた。
「父は、もういらぬと皆を説得しようとして……殺された」
藩主が悪いわけでもない、恐れが人を狂わせる。そこに散華衆が食い込んできた。
「子供達をさらって、勢力を拡大しようとしていたのか……」
「闇の部分は誰もふれたくない。今まで通りに海の安全と引き換えに散華衆に知行を与えて仕事をさせようとした」
「琴音を、どうしたいのだ。海に沈める気か」
一馬は怒りの眼を向ける。みなが琴音とうり二つの大烏元目をみつめる。
「海には沈めぬ……」
薄暗い寺は、物音も一つせずに静まりかえっている。