ご免侍 五章 狸の恩返し(六話/二十五話)
あらすじ
ご免侍の一馬は、琴音を助ける。大烏城に連れてゆく約束をする。琴音を狙う四天王の一人は倒したが……
六
岡っ引きのドブ板平助は、長屋の四畳半で寝そべる。暗い天井を見ながら、蝮和尚の事を考えた。
(うさん臭いと思っていたが、忍びだったか……)
弱みを握られてはいるが、それを公にして奉行所に訴える事はしないと思う。しかし和尚の命令に従わなければ自分も女房のお勝も殺される。
(自分が死ぬのはかまわないが……お勝は、かわいそうか)
子供に恵まれずに、二人で生きてきた。どうせ十年くらいで死ぬだろう。死ぬ事の恐怖は無い、今まで十分に生きてきたが、女房に楽をさせたいと思っている。自分の巻き添えで死ぬのが不憫に感じた。
(一馬を殺す、そんな事ができるのか)
平助から見ても、一馬は強い。得意の縮地の術は、まばたきする間に、敵のふところに接近できる。その技で敵を何人も葬った。
(藤原左衛門様も強かったが……)
人の気配がする。また玄関の障子が開くと、今度は同心の伊藤伝八が立っていた。平助は、よっこらしょと起き上がると正座して頭を下げる。
「あれ、伊藤様、どうかしやしたか」
「一馬は来ているか」
「つい、いましがた出て行きました」
「行き違いか……殺しだ」
伊藤伝八は、船大工が殺されて神田川で見つかったと十手を取り出して、やや興奮気味の様子だ。やたらと十手をふりまわす。
「殺しですか……」
「普通の殺しじゃない」
大工は手裏剣で顔を刺されて、その後に腹を裂かれて死んでいた。
「また妙な殺し方ですな」
「普通の殺しではない、一馬の手を借りたい」
すでに死体は、番屋まで運んであるから一馬を連れて来いと命じられた。同心から見れば、岡っ引きは下働きでしかない。派手な捕り物をするわけもなく、情報の収集や使いっ走りとして仕事をさせる。
「わかりやした、一馬様のお屋敷まで行ってきます」
裏長屋からとぼとぼと出て行く、そろそろ夕方で長屋の木戸が閉まりそうだ。太った腹をさすりながら妙な事件の事を考える。