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SS 明日のために【月めくり】 #シロクマ文芸部
月めくりにそっとふれる。白い壁にかかってる月めくりは手作りだ。月めくりはもう売られていないから自分で作る。
「そろそろね」
月めくりに大きく×を書く。サインペンも尽きてきた。あと一枚めくれば世界が変わる。
昔の事を思いだしながら部屋の中をゆっくりと歩む。足が萎えて早く歩けない、学生の頃は駅の階段を駆け上がれた。
「春菜」
駅の階段を昇ると後ろから声がした、白く細い手が左右にふられる、友達の美野里の長い髪が流れるように肩にかかる。ブラシで整えられた黒くつややかな髪がうらやましかった。
「春菜」
机で教科書を広げていると幼なじみの裕也が、もうしわけなさそうに近づく。ねだるように見つめる彼はやさしくてステキな男子、私は宿題のノートを渡す。
「春菜」
カメラマンのたくましい母が来月の旅行の計画を教えてくれる。美しい南洋の島で数週間は遊べる。母の腕を抱くようにすがりつく、幸せな未来が待っていた。
月めくりに旅行の日程をつけよう。印刷された月めくりは日本の風物が描かれている、美しい満月。私はその写真に手を触れる。その月が落下するのを知るのは翌日だった。
「春菜」
どこかで私の名前が呼ばれた気がする。私は目をつむりながら死んでしまった人たちの事を忘れる。無政府状態と一時的な治安の回復、そして絶望した人たちの自殺の連鎖。みなが死んでも私は生きる事にした。そして運命の日が来る。
私は月めくりをゆっくりとはがすと丸めて捨てる。天上にある巨大な月は、人間を狂わせる。私は両手を広げて月をつかんでみせる。こんなもの少しも怖くない。ふふっと笑うと月がはじけ飛んだ。
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「ロシュの限界ですね、地球重力の方が強いので月は壊れます」
科学者の予言した通りに、砕けた月は地球に巨大な輪を作る。多くの破片が隕石になり地球を破壊した。いつか人類は復興するだろう。私は老婆になっても、この事を誰かに伝えるために生きる。
「春菜」
もう誰にも呼ばれない名前をつぶやく。
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