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怪談 饅頭恐い【甘いもの】シロクマ文芸部参加作品

 甘いものを食べると惣兵衛そうべえは、幸せに感じる。

饅頭まんじゅううまい)

 江戸には物売りが多く、甘い物をあつかう棒手振ぼてふりたちが、にぎやかだ。

「まんじゅうー、まんじゅうー」
「あめー、おいしいあめー」
「豆やでござい、うずら豆、ぶどう豆、なんでもおいしい豆やでござい」

 惣兵衛そうべえは、丁稚でっちから番頭になり、今では家を持つことを許されて贅沢ぜいたくもできるようになった。今ままで我慢していた甘い物を好きに食べられる。

「苦労したかいがあった」

 今日は早上がりで、家に帰って饅頭まんじゅうでも食おうかと思っていると、物売りがいる。物売りのまわりには、子供達がむらがっていた。

「あまいものーあまい、あまいものーあまい」

 惣兵衛そうべえは立ち止まる。甘い物には目がないが、どんなたべものなのか、ただ甘いだけではわからない。彼は小走りに物売りに近づく。

「おい、あまいものおくれ」

 ぴたりと子供達の声が止まる。後ろをむいた子供達の後頭部を見ながら惣兵衛そうべえは、気持ち悪くなる。夕暮れ時で、人通りも少ない。いやまったくない。

「あまいものですか……」

 物売りが陰気に答えると手にもった饅頭まんじゅうを差し出す。その饅頭には……目があった。ぎょろりと惣兵衛そうべえをにらむ。

「うわっ、ああああ」

 尻餅しりもちをついて見上げると、子供達がいっせいにふりむいた。顔には目がなく、まるでぶよぶよとした饅頭まんじゅうが頭だ。

 そのあとの記憶はない、はいずるように家に戻ったが、そのまま熱を出して寝込んだ。

「番頭さん大丈夫ですか?」

 丁稚でっちが見舞いにきてくれるが、惣兵衛そうべえは、うわごとのように『饅頭まんじゅうが恐い』とつぶやくのみだ。

(普段は偉そうにしているのに、饅頭まんじゅうが恐いだ?)

 丁稚でっちは、店に戻って普段から、いばっている番頭をこらしめようと饅頭まんじゅうを買って脅かす事にした。

「番頭さん、元気になってくださいよ、おみやげです」

 寝てる番頭の枕元に饅頭まんじゅうを置くが返事が無い。ふとんをかぶっているので寝ているようだ。丁稚でっちは、布団をめくって番頭を、起こそうとした。

饅頭まんじゅうだ!」

 布団に饅頭まんじゅうが寝ていた。大きな饅頭まんじゅうを見ているとむらむらと食べたくなる。

 ガツガツガツ
 むしゃむしゃむしゃ

 もうおなかいっぱい、丁稚でっちは、おみやげに食べきれない饅頭まんじゅうをもって店に戻ると、店の者が悲鳴を上げて逃げ回る。

「どうしたんだよ、饅頭まんじゅうだぞ」
「そ……それは番頭さんの、顔……」


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