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うどん屋【冬の香り】#青ブラ文学部参加作品(1500文字くらい)
うどんをすすりながら首にまいた手ぬぐいで鼻をかむ。七味を入れすぎてむずがゆくてたまらない。
「十六文だ」
「あいよ」
ばくち打ちで飯を食っている富三は、早朝の夜鳴きうどん屋を後にして長屋に戻る。冬のうどんの香りは格別だ、生き返るようなあたたかさ。
「おにいちゃん、おかえり」
「起きていたのか」
「今日は勝ったの」
「しけた稼ぎさ」
大名屋敷の足軽に雇われている富三は、悪い仲間に誘われて、屋敷内で開催される賭場の味を覚えた。妹にばらばらと悪銭を渡して、今日の飯代だとつぶやいて、敷きっぱなし布団にもぐりこむ。
(妹は、ちゃんとした男に所帯を……)
いっぱしのばくち打ち気取りだが、賃金を胴元に吸われているだけのバカだと自覚もしている。それでも賭博は面白い、大きく当たれば気分がいい。
その日は大きく当たった、いや大きいなんてもんじゃない、小判が十何枚も貯まるほどの大きさだ。あまりに馬鹿げた勝ち方をしたものだから賭場の連中から悪い目で見られた。やばいと感じて逃げるように屋敷を出た。
(つけられている)
大金を盗まれる、冬の江戸の街を歩きながら隠れるように帰るといつもの夜鳴きうどん屋がいた。
「うどんをくれ」
「へい」
「……あと、これをやる」
「へい、なんでしょ」
「いいから、もらっとけ」
きたない手ぬぐいで包んだ金を無理矢理渡すと、出されたうどんを食ってあわてて逃げた。後ろから怒号が聞こえる。走って走って逃げ隠れしたが最後は捕まった。
「金あるだろ」
「ねえよ」
「嘘をつけ」
賭場の連中が金を取り戻すために身ぐるみ剥いで調べたが無い、あとは鬱憤とばかりに殴られた。
(もう、いけねぇ、俺はもう死ぬ)
鼻の奥がつんとする、凍てついた江戸の街の匂いを感じながら意識がなくなった。
富三は、長屋で目を覚ますと妹が泣いてた。
「おにいちゃんのバカ」
「ごめんよ、ごめんな」
賭博なんてこりごりだ、勝負に勝ってもこんな仕打ちをされてまで通う奴はいない。それからはまともな職について稼ぐことにした。たまに妹に表通りの店で飯を食わせるくらいには、稼げるようになる。
「おにいちゃん、今日はおうどんがたべたい」
「よし、たまにうどんでも食うか」
のれんをくぐって出されたうどんを食べると、味に覚えがある。店主が出てくると、あの夜鳴きうどん屋だ。
「あんたのお陰で店を持てたよ」
大金をもらって返すつもりで店を出していたが、富三とは出会えずに、店主は小判を元手に店を構えたという。一人娘と結婚してくれと言われ富三は、それに応じた。
冬の寒い夜に、のれんを出すと冬の香りがする。賭博で儲けて殴られたあの日の夜の匂いだ。あたたく懐かしいうどんの匂い。