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SS 人を食った話 【謦咳に接した記憶】#青ブラ文学部参加作品(1100文字くらい)

 私の謦咳けいがいせっした記憶と言えば、ある若い僧を思い浮かべる。大変な知惠者で、近隣の村からも尊敬を受けていたので、沙弥しゃみから長老になったようだと噂されていた。徳の高い僧は長老とも呼ばれて、誰もがはいする事を望む雲の上の存在である。

最明さいみょうと申します」
「高名なお方とお聞きしました。私のようなものになにか?」

 私と言えば勧進かんじんをして諸国を旅するだけの勧進坊主かんじんぼうずで、たまたま最明さいみょうの寺に泊まっていた。

「諸国の事を、お聞きしたいと」
「私の話ならば、いくらでも」

 たあいのない噂話うわさばなしを聞きたいのは人間の本性だろう。聡明であるがゆえに変に権威をつけられて自由にできない苦しみがある。だから僧の犯罪の話を選んだ。ある寺で僧侶が若い女の死体から肉をそいで食べた事件を教える。

「人の肉を食いますか」
「肉食が禁じられていると……我慢できずに食べる僧もおります」

 最明さいみょうは、確かに賢く経典けいてんを暗記して由来を質問すれば答えられる。こちらからのどんな質問にも、即答するのだが妙に勘違いをしている時もある。それを質問するとまた他の経典けいてんを引用するのだが、聞いた事もない経典けいてんだったりする。

不殺生戒ふせっしょうかいは、獣の肉を禁じていますが、人の肉はまた別でしょう」
「不殺には人も含まれます」
「釈迦の六道往生りくどうおうじょうでは、獣の肉だけを禁じています」
「……それは、存じませんな」

 最明さいみょうが断言すると本当らしく聞こえるのだが、彼は自分の権威を高めたいだけで嘘を言っているように感じた。この時は、それ以上に質問はせずに話を終えた。だがそれがまずかった。

最明さいみょうが女を食ったそうだ」
「なんでそんな事に」

 旅の途中で噂を聞いて彼の寺で確認する。聡明と思われていた最明さいみょうが、檀家の女達を集めて夜な夜な説法しながら淫靡な行為をしていたが、ばれそうになると殺して食ってしまう。村で娘が消えたと騒がれて最明さいみょうが捕まり拷問の末に白状した。

「なんでも大日如来だいにちにょらい供物くもつだとか言いわけしておりました」
「そのようなことが……」
 
 最明さいみょうの考えた経典は、より古い神のイケニエの伝承すら含まれて融合していたのだろう、聡明だから自分の欲望のために仏法を作れたのだ。それからは私は、人をむやみと尊敬するような事はしていない。

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#怪談
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