怪談 水茶屋の娘 【#赤い傘】シロクマ文芸部参加作品 (1600文字位)
赤い傘を見つけると走り寄る。しとしと霧雨がふりはじめた。
「おみつ」
「真さん」
おみつは、年の頃は十七くらいの水茶屋の看板娘で真之介とは仲が良い。仕事の合間に近くを通ると茶を飲んだ。みなに好かれる娘で、誰かれなしに愛想をふりまいていたが、真之介とは本気の恋仲だ。
「あのな……」
「これ、きれいでしょ」
くるくると赤い傘を回す。おみつは自分が店に出る時は、その傘を置いて客に知らせていた。赤漆のきれいな傘だ。
「縁談が決まった」
「……」
おみつは前を向いたままだが、赤い傘は動きをとめる。
「棟梁の娘なんだ、断れない」
「そう……なんだ」
大工の真之介は、むずかしそうな顔をしながらも、どこか嬉しそうな様子だ。
「それでな、お前との……」
「水茶屋の女とは夫婦になれませんね」
くやしさを押し隠し、怒りも見せずにおみつはそのまま歩みを進める。赤い傘がどこか悲しげだ。真之介も悪いとは思ったが重くは思ってない、なりゆきの恋仲だ。
縁談は、とんとんと話は進みそろそろ祝言だ。たまに池にある水茶屋を通ると赤い傘がある。今日も元気で仕事をしていると思うが顔は出せない。
(おみつも幸せにな)
罪悪感も無い。今は新しい女との生活の事で頭が一杯だ。祝言も終わり、棟梁が立ててくれた家に住む。夜になり女房と布団にはいると、障子が大きくゆれた。嫁が悲鳴をあげて真之介が行灯の火つけると、障子に赤い傘がささっている。
「なんだ……これは」
見覚えのある傘は、おみつの傘に見えるが戸締まりをした家に入れるわけもない。女房は最初は驚いていたが、美しい傘を見ると欲しがった。
「いや……これはだめだ」
「きれいな傘じゃないですか、おねがいですよ」
奪うように傘を抱くと、にやりにやりと笑っている。次の日に、真之介が池のそばの水茶屋に行くと赤い傘が置いてある。
(ここにあるなら、あの傘はなんだ……)
「真さんかい」
「あ! これはご無沙汰を……」
店番の老婆は、嫌な顔をして真之介を見る。
「あの、おみつは、いますか……」
「なんだ知らないのかい……おみつは、その池でおぼれて死んだよ」
「え……」
そう深くも無い池で浮かんでいた。誰もが不審に思っていたが、真之介との恋仲は知れ渡っていた。
「死んだ……」
「そうだよ、この傘を残して死んだよ」
雨がしとしとふり始める。真之介は、あわてて家に戻ろうとすると、みなが赤い傘をさしている。おみつの傘だ。逃げるように路地裏を歩いても、赤い傘。大通りにでると、眼が痛くなるくらいに赤い傘があふれている。
(馬鹿な、俺が悪いのか、俺のせいなのか……)
やっと抜けるように家の前まで来ると女房が赤い傘をさしてまっていた。女房から乱暴に傘を奪う。
「やめろ、気持ちが悪い!」
「また……捨てるのかい……」
おみつは、女房の着物でうらめしそうに立っている。真之介は、赤い傘をふりあげておみつを殴り続けた。
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女房の悲鳴で、近所の連中が集まってくると大泣きしながら指さした。真之介は、傘の残骸で地面を殴り続けている、手はずたずたで、ちぎれて落ちた指もある。
「俺が悪いのか……俺が悪いのか……」
真之介は、大工に戻れずに棟梁の娘と別れると、あの池で釣りをしている。たまに釣果をたずねる人が来ると、彼は答えた。
「好きな女がむかえにくるのをまっているんです……」