SS おでんとプロポーズ【貯金&ピアニスト&ちくわ】三題話枠
「貯金もないのか! 」
同棲しているフリーターに殴られる、貯金はあるわけがない。流行の伝染病で全てが変わる、演奏会が出来ないし練習もできない。ピアニストとは名ばかりの貧乏人が実体だ。私は部屋を飛び出すと公園まで歩く、深夜の公園は痴漢かカップルくらいしかいない。
「もう無理ね…お互いがピリピリして暮らせない」
三年は続いたと思う。音楽が好き同士で暮らしていた、ジャンルが違うので衝突も無い。それでも働けなくなると金銭面でのトラブルが増えた。
「部屋に戻ったら荷物をまとめよう……」
黙って出て行くつもり。今日は晩ご飯は何にしようかな、お金ないな。ぶらぶら歩きながら公園を見て回る。
「あーもっと違う職業を選べば良かった! 」
両手を上げる、伸びをすると気持ちが良い、音楽が好きだった、ピアノの演奏が楽しかった、子供の頃に褒めてもらえて、賞も取れた。それでも食べていくのに正しい道だったのかな?
「さっきは殴ってすまない……」
部屋に戻ると彼は謝ってくれたが、終わりだと判っている。ギスギスした部屋の中は居るだけで息苦しい、私は涙がこぼれる、何が悪かったのかな? 数日後に私は部屋を出た。
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「今は荷物置き場ね」
すぐには住むところは用意できない、私は実家に戻ると母親が部屋を用意してくれた。丸めた絨毯や段ボールが積んである。片付けをしながら懐かしむ。
「あんたオデン好きだったわね」
卵、シラタキ、ウィンナー、ハンペン。ちくわも好きだ。懐かしいお鍋の料理に私は心が温まる。
「オデンおいしい、彼にも食べさせたい」
うっかり口をすべらせる。自分勝手に出てきたのにまだ忘れられない。涙がポロポロ出てくる。そんな様子を母親が黙って見ている。
「あら?誰か来たわ」
母親が玄関のチャイムに席を立つと話し声がする、しばらくしてから彼がキッチンに立っていた。
「すまん、本当にすまない、正社員になるから! 」
彼はその場でプロポーズすると、二度と殴らないと誓う。私はちくわをモグモグさせながら呆然としていた。母親が目配せをしている、どうやら彼を呼び出したのは母のようだ。
「ねぇ、このちくわはおいしいわよ」
小皿に和辛子をたっぷり入れてちくわを差し出す、彼はそれを一口食べて悶絶した。涙を流しながら、また口に入れようとするので、あわてて止める。ちょっとした仕返しだった。彼はそれを許してくれた。
「もういいから」
「一生、お前の飯を食べたい」
私は笑いながら、熱々の卵を小皿に入れて出す。