見出し画像

【#才の祭小説】一緒にいたくて

中3の秋。
はじめて彼氏ができた。

初めてのクリスマス。
彼氏ができたことは家族に言っていないので
終業式の日の午後3時。時間を合わせて
プレゼントを交換することにした。

部活もはけて、誰もいない学校。


K君はかわいいネックレスを
プレゼントしてくれた。

つけてあげると言って近づいた瞬間
なんだかいつもと違う雰囲気に
急に怖くなってしまった。


その後の記憶が全くない。
私からのプレゼントを渡すのもそこそこに
逃げるように帰ってきてしまった。

クリスマスの苦い思い出。


12月。私は地元の県立高校から
東京の女子大にAO入試で進路を決めた。

夕食後、部屋で3年生の私たちが
最後に発行した部誌を見ていると
スマホが鳴った。


LINE の通知。
文芸部で一緒だった彰吾からだ。

たった一行。

「月がきれいだよ」


ええええええーっ


これってどう返せばいいわけ?
この意味って知ってたよね。


とにかく焦る。


いやまず月を見よう。


ベッドから起き上がる。

軽く結露したサッシに触れ
窓を開けて月を見る。


冷気が室内に流れ込んできた。

夜も10時になるとさすがに冷える。

雲一つない漆黒の空
冬の冷たい空気に月が冴えた光を放っていた。

なんだか満月っぽい。

違ったら恥ずかしいからググろう。

今日はやっぱり満月なんだ。


12月の満月はコールドムーンていうんだ。


それよりもなんて返信しよう。


心を落ち着けてとりあえず
当たり障りのない言葉を返す。

「予備校?」

「うん、自習室の帰り」

「そうなんだ。こんなに遅くまで
やってるんだね」

「家だとなかなか集中できなくてさ」


他愛のないLINE
部活を引退してからますます
理系の男子クラスとは
接点がなくなっていた。


部活のこと、進路のこと、カップルの行方
音楽の話、好きなYouTuberの話。


久しぶりの彰吾とのLINE。
近況報告や情報交換もあって
外にいる彰吾ともう、1時間も
やりとりしている。

LINEは終わり方が難しい。
でも、できればずっと話していたい。

途中からそんな気持ちになっていた。


彰吾が切り出す。


「あのさぁ。今度会えないかな。
渡したいものがあるんだ」

「いいよ、何?」

「秘密」

思わせぶりな会話。
そもそも「月がきれいだよ」から
戸惑いが隠せない。


「今日さぁ、満月だったんだね。
コールドムーン」

「何それ? 月に名前がついてるの?
 月がきれいだったから見なよと思って
LINEしただけなんだけど」


私のドキドキは一体なんだったんだろう。
それなのに、さらなるドキドキも追加されて。

LINEをこれ以上続けると
彰吾が家に着くのが遅くなってしまう。


思いがけないお月見に誘ってくれたことと
きれいな月を彰吾と一緒に見れたこと
久しぶりの LINEがとても楽しかったことに
お礼を言って会話を終了した。

この返し方、わかってくれてるのかな。


翌日。
高校が半日だったので
大学に提出書類を届けに東京へ行った。

書類提出はあっけなく終わった。


スマホの Googleマップを見ると
湯島天神という文字が見えた。


大学から5キロくらいの距離。
時間があるので歩いて
行ってみることにする。


湯島天神は学問の神様。
東大も近い。


彰吾も自分で来るだろうけど
私からもお願いしておこう。


負担にならない程度の
お守りを買って、彼を送り出したい。

気が付かなかったけれど
私の通う大学は文京区にある。

彰吾の目指している東大も文京区だ。

もしかしたら大学に行っても
会えるかもしれない。


6月のある日。約束の16時より5分早く
部長の彰吾は印刷室にやってきた。

「やっぱりいたか。待ち合わせの相手が
愛菜だと安心するよ」

「何それ」

「とにかく時間を守らないやつが多すぎる。
愛菜は時間を守るし、なんなら俺より
来るのが早い」

「まぁ、副部長だしね」

「とりあえず、印刷するか」

部誌もデジタル化の波が押し寄せ
データで入稿すれば、安価で早く
完成するようになった。

自前で印刷するのは私たちが最後だと思う。

印刷機を回しながら彰吾が言った。

「妹にさぁ、俺、東大落ちたら 
K-POPのオーディション
受けなよって言われてるんだよね」

突拍子もない話だけど
妹さんの気持ちは分かる。

見ないようにしてきたけれど
彰吾の目は切れ長で
結構イケメンなのだ。

校内にファンが少なからず
いることも知っている。

だけど文芸部で出会った高1の彰吾は
どこか垢ぬけてなく、左右バラバラの
靴下を履いてきてしまうような少年だった。

3年間のうちになんだかイケメンに
仕上がってしまった感じ。

高2の時、私が朝、慌ててジャージを揃えて
学校に行った日があった。

体育のために着替えようとしたら
ジャージの上2枚を袋に入れていた。

近くのクラスの子にどうしても下ジャージを
借りることが出来なくて理系クラスの彰吾に
貸してもらったことがある。

私と身長が20センチ近く違う
彰吾のジャージはダブダブで
大分動きにくかった。


それでも「石川」と彰吾の名字が
刺しゅうされているジャージを
クラスメイトが目ざとく見つけて
羨ましがられたりした。

「妹さん、K-POP好きなの?」

「BTSが好きでさ。知ってた?
『月がきれいですね』って
『I LOVE YOU』って意味だって」

「知ってるよ。夏目漱石のやつでしょう」

「コンサートで言うらしいね。
日本のファンは大喜びするんだって」

「あれ、OKのときの返し方が
『死んでもいいわ』なんだよ」

「重っ。俺には一生縁がなさそうだな」

印刷は意外に手間取り、学校を出た時
辺りは暗くなっていた。

駅までの通学路は誰もいないような
静かな道ではないけれど
その日も月は私たちを照らしていた。


「久しぶりー」

「久しぶり。ごめんね、
こっちまで来てもらっちゃって」

「いいよ。私は時間があるんだから」

彰吾の通う予備校はターミナル駅にある。

ゆっくり話すためにも、少し駅から離れた
大型スーパーのフードコートで
落ち合うことになった。

「勉強はいいの?」

「今日は終わり。
たまには息抜きしなくちゃね。」

そう言うと、彰吾はさっき買った
カレーパンを頬張った。

「愛菜はいま何してるの?」

「大学の課題かな。本を読んで要約したり
感想を書いたりしてる。明後日から
バイトするんだ」

「いいな、進路の決まったやつは。
そうだ、これを愛菜に渡したかったんだよ」

おもむろにリュックから取り出したのは
ロフトの袋。

ためらいもなくテープをはがし
出てきたのは同じ色のシャーペン2本。

「1本あげるよ。前にいいって言ってたよね」

「… ありがとう。でもどうしたの?」

「夏頃、愛菜 AO入試のためにレポート
書きまくってたじゃん。あのとき俺が使ってた
シャーペン見て書きやすそうって言った」

「覚えててくれたんだ。あのときは
毎日書いてたな。手書きで提出だったから
先生からダメ出しを食らって書き直したり
間違えてやり直ししたり。
これ、色違いなかったの?お揃いだね。
いいの?」

「あー、全然目に入らなかった。
最近俺のシャーペン調子悪くて
買い換えたくってさ。その時に愛菜のことを
思い出して。買ったら喜ぶかなと思って」

リボンのついた包装紙かと思いきや
まさかのついで買い。

彰吾は続ける。

「これ試験に持っていくよ。
もう試験に受かった愛菜がついていて
くれると思えば勇気も出るし、縁起もいい」

「私も大学から結構、課題が出ているの。
これ使いながら彰吾にエール送るね。
そうだ。私からも渡したいものがあるんだ」

バッグから湯島天神で買ったお守りが
入っている袋を出した。


「ありがとう。わざわざ俺のために
買ってくれたんだ。… これさ、縁結びって
書いてあるけど、いいの?」

「えええーっ! 彰吾も自分で湯島天神に
行ってお守り買うだろうから
いわゆるお守りの形じゃないやつに
しようと思って買ったら…」

もう死にたいくらい恥ずかしい。

「いいよ、東大との縁を結んでもらおう。
それにさ、初詣に湯島天神に一緒に
行こうよ。一度行ったから分かったでしょ。
愛菜、案内してよ」

誤爆のダメージと、突然の展開に驚いて
返事をするのがやっとだった。

彰吾は残りのコーラを一気飲みして言った。


「帰ろう。駅まで送るよ」

駅まで10分くらいの道のり。
隣にいる彰吾との距離がいつもより近い。

3年前の私から見たら少しは
成長できたのだろうか。

いまはこのくらいの距離感がちょうどいい。

駅に着く。改札に入ろうとすると彰吾が言った。

「やっぱり、もう少し自習してくるよ。
俺、愛菜と一緒に大学生になりたい。
愛菜の大学と東大近いんだ。
学校を行き来したり、学食で一緒に
昼メシ食べたりしたい」

切れ長の目が、私をまっすぐ見て言った。

一緒に行こう。私も待ってる。

「うん、頑張ってね」

彰吾はくるりと踵を返すと、振り返りもせず
雑踏の中へ消えていった。

私は改札を入り、行先表示板を目で追った。

<了>





いいなと思ったら応援しよう!

沙々良まど夏
いただいたサポートは記事のネタ代に。 そして時にはみんなのサンタさんになるために使わせていただきます。